人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

恥をかく練習のススメ。

 

自意識過剰気味だ。

これは幼稚園の頃から、はっきりとした自覚症状がある。

 

発表会とかお遊戯大会が大嫌いだった。

人前に出て珍奇な格好をして、内容のない劇をするなんて、公開処刑に等しい。

 

同じ意味では、運動会や体育祭も嫌いであった。

運動は、たまたまやっていた野球以外からきしであり、それ以外を公衆の面前でしなきゃいけないなんて、これまた恥さらしの舞台である。

 

いい年になっても、苦手なものは苦手で変わらない。

それどころか、さらに細分化され、日常生活がめんどくさくなってしまった。

 

例えば、カラオケの選曲にはかなり気を遣う。

誰もが知らない曲を歌って白けさせるのも嫌だし、音程を外してケタケタされるのも嫌だ。

当然、歌える曲はかなり制限される。

大学2年くらいを最後に、流れ出すPVや歌詞の恥ずかしさに耐えられなくなって、アニソンを歌っていない気がする。

 

他には、いつぞやもここに書いたが、人前で電話に出るのが苦手だ。

居酒屋やラーメン屋で、「すいませーん」とオーダーを出すのも苦手。

混雑時にそのコールを出すのが恥ずかしく、おかわりを我慢し帰ったことも、実はある。

そして、ドライブスルーは気恥ずかしいから絶対行かない。

今後将来、泥酔時と強制的な場を除いたら、ガールズバーとかキャバクラとかも行かないだろうな。

スナックには昔連れてかれたけど、入って5分でそこのママさんに「哀しい瞳をして、何を悩んでるの?」からの人生相談カウンセリングの場になったため、今後はもう近づかない。

また、昨今トレンドの、自撮りからのインスタという神経が分からない。

恥ずかしいという気持ちはないのだろうか。

 

無いのですよね。

自意識過剰をもたらすのは、周囲の目に対する過度な恐れだと感じている。

変なことをすれば、人から指を刺されて笑われる。

「だから何?」と思うか、「うわ、超恥ずかしいじゃん!」と思うかが、人生楽しめるか自意識拗らせるかの分水嶺ではなかろうか。

まず間違いなく、チンケな恥にお構いなく、色々やれた方が人生は面白い。

どうすればそちら側に行けるのか。

 

今年で30代が見えてくるひつじ年の僕だ。

ようやく、この辺の自意識過剰さが薄れてきたと感じる。

そのキーは、「他者は自分に興味が全くない」のに気付けたことであり、そのきっかけとなったのは、「恥をかい」て、「それに対する他者の記憶、リアクションの薄さ」を経験したことが、とても大きい。

 

そこで今日は、僕ら気質のデリケートなサムシングを守りつつ、ソフトに恥をかいて、他者が如何に自分に興味がないかを知る一助となれば良いなということで、いくつか例を紹介する。

勿論、病的に苦手であるならしない方が良いが、大抵は何とかなる話だと思うので、参考程度に流し読みしていただければ有り難し。

 

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人見知り、旅に出る。 ・・・ただし近場で日帰り。 最終部

 

04.5 注意事項

 

 

事前調査を抜かりなくしておけば良かっただけなのだが、実は萩にて、結構迷子になった。

どこが一方通行で、どこがそうでないのか。

駐車場はどこから入るのが正解なのか。

それがあやふやな施設が割と多い。

特に城下町の辺りは、結構すいすい行けるように見えて、離合が絶対できない道幅のエリアも数多く存在する。

 

一番難儀したのは、萩博物館だった。

市内をちょこまかとドライブしたが、全然見つからない。

道中何度もグーグル先生に何回も助けを請うて、何とかたどり着いたのだ。

まあ、明倫館の方を勝手に博物館だと思い込んでいた僕のせいなんですけどね。

先入観とは厄介なものだ。

 

また、少し焦ったのが、5000円以上の紙幣の使いどころが意外となかったという点だ。

博物館にて両替が出来たから助かったが、そうでなければ、確実にどっかの駐車場で詰んでいた。

或いは、数か所の施設で門前払いを食らうところであった。

 

事前調査って大切だな。

どうでもいい告白だが、一時僕は萩に住んでいたことがある。

それなのに知らないことは、かように沢山あったわけで。

 

まあ、行き当たりばったり上等な旅だから、構わないのだが。

そういうわけで最終部は、昼食からスタートする。

 

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人見知り、旅に出る。 ・・・ただし近場で日帰り。 第二部

01 出立

 

 

朝9時30分に目が覚めた。

本当は8時に起きて、9時に出ようかとも思っていたのだが、昨晩飲んだ日本酒のせいか、普通に寝坊してしまった。(体調はまぁまぁ)

 

そこからは、いつも通りシャワーを浴びて、朝飯を食べて、カメラと風呂グッズを持って家から出た。

寒いのは寒いが、極端に冷えているわけでもない。

フロントガラスも凍っていなかったので、出発はとてもスムーズにいった。

 

ここから萩まではざっくり車で一時間。

車内BGMは、気分を高めるため、ひたすら龍が如く 維新!のサウンドトラックにした。

 

天気は曇り。

時折小雨が混じるものの、雲の層が薄く、すぐに回復するだろうと思っていた。

ドライブを続け、がんがん山道に入っていくと、次第に雪景色が広がり始める。

気付けば、ここ2日くらい天気が落ち着いているはずなのに、一面銀世界となっていた。

 

さすが日本海側、萩の山だな。

道路の半分以上が雪や氷で覆われている個所もある。

それらでスリップしないよう、スピードはやや抑え気味。

だが結局、萩には予定通り1時間弱で到着した。

 

歴史的景観を守るため、華美な建物は多くない。

高層ビルなども、ない。

けれど、寂れているわけでもない。

シンプルだけれど、情緒のある街。

 

「いよいよだなー。」

目的地に入ったことに、僕は正直心が躍っていた。

高揚感からか、不意に頬が緩む。

最初に立ち寄るところは、もう決めている。

改めてナビを設定し、僕はそこへ意気揚々と向かうのであった。

 

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人見知り、旅に出る。 ・・・ただし近場で日帰り。 第一部

 

プロローグ01 きっかけ

 

 

ここ一か月、外出のバリエーションが極めて少ない。

家。実家。職場。飲食店。

この辺にほとんどが集約される。僕の足跡をGPSで辿れるならば、とても少ない線の数でトレースができそうである。

 

だからか、最近色々と息が詰まってきた。

プライベートを減らし、仕事に取り組みまくって。

滅私奉公を地で行く生活が長く続くと、自分の為に時間を使うことが悪に感じられる。

遂には、夢の中で仕事をしている場面すらみてしまった。

 

「出不精な俺だけど、そろそろ公と私のクラッチを切った方がいいかなぁ。」

仕事は好きなのだが、最近の生活のカサカサ具合に、僕はこんなのを思うことが増えていた。

 

そんな折、この日月と、たまたまではあるが連休が入った。(もともとシフトは日月休みで固定なのだが、平日で処理できなかった仕事をどんどん流して消化していたため、年始を除くフル連休は1か月以上ぶりである)

 

この2日を有意義に使わない手はない。ここを逃せば、少なくともまた一週間、こういう乾いた心持が続いてしまう。

動機は正直、遊びたいという欲からなのか、遊ばないとマズいという強迫観念からなのかは分からない。

だがどちらにせよ、気分転換は必須っぽい。

僕は久しぶりに、休日のプランを本気で考えることにした。

 

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人見知りでも出来た、周囲の評価を得る小技。

人望。人徳。評価。烙印。

自他を評価する二字熟語は結構多いのだが、それぞれが意外とアバウトで分かりづらい。

高めていく必要はあると認めるけれど、高め方がわからない。

なんかそんな風に考えている。

 

「上司にゴマをすったら得られるものでしょ?」

「後輩にいっぱい飯を奢ればついてくるものでしょ?」

「落ち込んでるやつにドンマイ!っていっときゃいいんでしょ?」

そういう陳腐で稚拙な思考が、人間関係不器用な僕に湧いてきた時期もある。

実際はそういう安直な行動で得られるほど、上記の事柄は安くないんですよね。

 

いわゆる評価が高いだの人望があるだの、そういうのにカテゴライズされる方は、有り難いことに身の回りにたくさんいる。

 

飲み会で食べ物を取り分けまくり、飲み物のオーダーもきめ細やかで。(楽しめてるの?)

上司と果敢にコミュニケーションを取り、休憩時間には笑いあって。(度胸あるねえ)

色々あって落ち込んでいる僕に気を遣っていただいて。(そっとしておいてほしくもあるけど、正直うれしいっす)

あほなこともあけっぴろげに喋り、雰囲気を明るくしてくれて。(ピエロになれるってすごいなあ)

 

すっぽんである僕からすれば、月のように遠い存在の方々。

嫉妬なのか尊敬なのかわからない考えと共に、アホ面さげてみていることしか僕にはできなかった。

 

そんな僕でも、周りから見れば「評価」されるところはあるらしい。

性根がネジくれているため、裏を勘ぐってお褒めの言葉を真正面から受け止めないようにしていたのだが、どうやら割と本当だという。

 

意味を理解しきれなかったので、具体的にどういう行動がそうなのか、突っ込んで訊いてみた。

するとそれらは、僕からすれば「そんなんやってたっけ?」と意味が分からないポイントだらけであった。

しかし、もしそれが評価に繋がるのなら、今後は意識してやらない手はないと思っている。

理由は、挙げられたそれが、我ながら極めて難易度の低い事柄だったから。

重度の人見知りである僕にできたのだから、大体の人はできるのだろう。

ということで手前味噌なテーマだが、以下にまとめて記載する。

 

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『嫌いなもの』を言えると、何となくステップアップしたのを感じる。

昔の僕のメールがPCに残っていたため、何となく眺めていたときのこと。

僕が友人に送った、「俺は普段から『嫌い』という言葉を使わないようにしてんだよね」みたいな文を見つけた。

 

今なら、だから何だ、としか思わない。

しかし当時は、迎合こそ正義であり、『嫌い』という言葉は、異質な価値観を受け入れられませんよ僕はという白旗のように考えていたのだろう。

謙虚と便利をはき違えた哀れな男である。

さぞかしストレスフルな青春だったに違いない。

 

しかし、今見ても、意外と周りに『嫌い』という言葉を使うのが苦手な奴が多い。

『嫌い』と言えずに押し切れないから、わけのわからないお誘いに連れてかれて疲弊したり、飲めないお酒を飲んで後悔したり。

その根底にあるのは、たぶん『嫌い』と言ったら『嫌われる』という恐怖であろうということは、僕自身よーくわかるのだけれども。

だが性根がクズになってきた昨今では、嫌いなものを嫌いといったらそれを嫌うなんて、その程度の器の人間になら嫌われても別に構わねえとしか思わない

つまるところ、今の僕は昔に比べて、こういう分野でのストレスが非常に大きく減った。

尚、僕はたまに「毒を吐くね」と形容されるくらい、はっきり好き嫌いを言えるようになっている。

 

導入が頭でっかちになったが、今日は『嫌い』という言葉を使えるようになるまでの、僕の軌跡をまとめてみる。

 

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言い知れぬ不安をエネルギーに変えるために。

詳細は言えないが、近々に大事なプレゼンを控えている。

担当が僕だと決まった瞬間から今日の今日まで、正直何回、口から胃が出そうになったことか分からない。

不安で不安でたまらない。実際、少し痩せてしまった。

僕は人見知りに加えてネガティブで、かつ緊張しいなのだ。

 

だが、今は結構心穏やかに、本番前の時間を過ごせているのを感じる。

気質はずいぶん前から変わらないのだが、それをうまく活用する術がわかり始めたから、というのが多分理由だ。

 

そこで今日は、僕気質の人間が抱きがちなこういった不安感を上手くエネルギーに変えつつ、かつ負担を軽減する方法を、主観的要素強めであるが、ここにまとめていく。

 

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