人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

生産性を上げたい人の為に。『自分を操る超集中力』

 

最近自分の記事を読んでいて、闇が強すぎて食傷気味になった。

ここは僕の心の底に溜まった黒すぎる何かを吐き出す場所でも、確かにある。

しかし、いくら何でもなぁという状況になったので、たまにはそうじゃないことを書く。

 

購入以来何度も繰り返し読んでいるような、いわゆる良書が幾つかあるのだが、今日はその内1冊を紹介する。

自分を操る超集中力 自分を操る超集中力
メンタリストDaiGo

かんき出版
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書店なんかでは割と話題になっていたのだが、僕はAmazonで「集中力」をテーマにした本を探していてヒットしたのがきっかけだ。

 

では、長くなりそうなので続きは以下で。

 

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さよなら、かつての僕が抱いた理想たち。

 

僕は真面目な気質である。でも怠け者でもある。

そして責任感が変に強い面もある。でもヘタレ気質である。

筋金入りの人見知りでありながら、誰かに対し何かを通じて僕自身を伝達するのは嫌いじゃないという変態である。

 

かつて、特に10代の頃は、上記の全てが今の2倍以上強かった。

自分の気質にがんじがらめになりながら、主観的にではなく客観的に見て高尚な俺になろうと努力していた覚えがある。

 

「18歳で浪人せず地方国公立に進学して、22歳で卒業して、普通に働いて、27,8で結婚して・・・」という人生の指針もあった。

「休みの日でも向上し続けなければならない」という強迫観念もあった。

「僕は努力し続けないと社会から何かを剥奪される」という恐れもあった。

 

果たしてそれらは今も抱けているか。

答えはハッキリとノーだ。

僕はかつての僕から見たらクズと烙印を押されるタイプの人間に、見事になり替わっていた。

 

それは、ありとあらゆるモノに、”あの言葉”をかけられるようになった為だ。

 

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思い出との付き合い方を考える。

 

先日、大学の後輩を集めてはしゃいだ。

普段頼まないピザを頼んで、しょうもない話で盛り上がって。

大学を卒業したのは結構前なのだが、あの頃を思い出し、懐かしさと楽しさを同時に満喫できた2時間であった。

 

問題はそこからであった。

お開きになってから押し寄せる、猛烈な寂寥感。

返らぬ日々がたまらなく愛しくなり、どれだけ頑張っても願っても昔に戻れないことが、辛くて仕方なくなってしまった。

つまるところ、凄まじいネガティブの波がやってきたということである。

 

こうなれば厄介だ。

現在の境遇が惨めに思えて、そして過去が強烈に光り輝いて思える。

いつの間に俺はこんなにしょうもない人生を歩むようなことになってしまったのかと、自己否定を極めた念が込み上げてくる。

 

しかし、ここからが僕が成長したところである。

己に対して「何故?」と質問を投げかけまくり、「目線を変えて」見つめ直してみると、結構アッサリ立ち直ることが出来た。

 

今日はそこで発生した思考のプロセスを、記憶がまだ新しいうちにつらつらと纏めて見ようと思う。

 

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「ぶってる(笑)」というコメントが怖かった過去。

 

「イジり」と並んで昨今よく耳にする言葉がある。

「ぶってる」というそれである。

定義が難しいが、僕の感覚では以下のように感じている。

 

・注目されたい、モテたい、カッコつけたい、とかを主な理由として、大した思い入れが無いにも関わらず何かを知ったかぶる人への嘲笑

 

なんか厨二病に似ている。まぁいい。とりあえず良い意味では無い。

 

具体例が浮かばないが、やたら宗教画を語るとかそんなのは「ぶってる」にカテゴライズされてしまいそうな気がする。

新出の言葉なので、定義があやふやなのは当然か。

 

で、僕はこういう「ぶってる」という言葉、もっといえば”「ぶってる(笑)」と思われること”が、かつては怖かった。

人見知りからすれば他者評価は人生の通信簿に等しい。

こと重大に感じ、受け取り、常日頃から気になって気になって仕方がない。

 

今日はそれを打開したきっかけなんかを、思い出話を含めてご紹介。

 

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人見知りライフ。 予定無しの休日編

 

公私ともに充実している人をリア充と呼ぶそうだ。

パーティーだとかデートだとかに興じるヒトビトにしか使ってはならない言葉のように感じられるのは、僕だけだろうか。

前提条件として気心知れた友達が多数居るとか、お付き合いしている人が居るとかいう時点で、とりあえず僕は落第している。

「あなたは今世で非リアとして永遠に留年し、進級できるのは来世です。」

みたいなメッセージが、天高くから聞こえてくるようだ。

 

他者から見れば非リアから程遠い僕であるが、実際のところ僕は僕自身、公私共に満ち足りていると感じている。

現状に不満が無いといえば嘘になるが、おおよそは満足している。そんな状態だ。

 

では、こんな人間関係構築において赤点を取るような僕が、どうやって日々を満ちたものにしているのか。特に予定を何も放り込んでいない日の場合は。

そんなわけで今日は、偏屈で狭量ではあるという自負があるが、新たなカテゴリーとしてつらつらと記事を認めていく所存である。

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部分的再読のススメ。

 

日頃のルーティンとして読書を続けている。

以前は、課題とかにぶち当たる度に、それをテーマにした新書をAmazonで買い漁っていたものである。

尚、小説も読むが、頻度としてはそんなに多くない。

 

そんな僕だが、最近は本の読み方を少し変えている。

それは、本棚がもう埋まってしまったのもあるし、金銭的に少し自己投資を減らす必要が出てきたというのもある。

しかし、もう蔵書のラインナップとして、僕個人が抱えがちな悩みとかそういうのが揃いきってしまったというのが一番大きい。

 

という訳で、タイトルの通りの読書を最近は行っている。

大した内容ではないのだが、ここにつらつらと書き記す。

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人見知り打破にあまり効果が無かったものたちの軌跡。

 

産まれて約30年経つ。(四捨五入すればだけれど)

己の人見知り気質に気付いたのが、多感極まりない高校1年の頃であった。

そこから考えると、もう10年以上が過ぎるわけで。

 

今でこそ諦めからか達観からかは分からないが、これを受け入れているものの、当時はそれを包み込めるほどの器量は、正直無かった。

また、読書という自己投資の術も知らなかった。

そういった背景があり、僕は僕のネジくれた価値観や思想を糧に、独学でこの気質を捻じ曲げようと努力した時期が結構ある。

 

ではその努力は活きたのか?

結果論だが、凄まじくアヤシイと言わざるを得ない。

 

ということで、前にも似たテーマで書いた気もするが、閉じられた世界に暮らす同類の方々に向けて、以下の対策は全然効果がないよ、むしろ悪影響だよ、ということをお伝えしたい。

あくまでも反面教師として。

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