人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

人見知りから見た世界。

この間、高校の人見知りフレンズたちと飲んだ。

過去の思い出とかを振り返ると、僕と同等にねじくりまくっている方々だらけなので、すごくアットホームな雰囲気で楽しめた。

 

その時、「お前にとって体育祭って何だった?」とかいった風な話題が出ることもあった。

そしてその返しがまたねじくれていた。

その繰り返しの2時間半。

今日はこういった問答で生まれた事柄を、辞書みたいな感じでご紹介しようと思う。

 

尚、記憶の関係で50音順ではないことにご留意頂きたい。

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したいことリストを作ってみた。すると割と楽しかった。

ToDoリスト以外は基本作らない僕だが、最近色々な本や記事に載っていたあるリストを作ってみた。

それが、「50のしたいことリスト」である。

夢というほど大義ではないが、したいとは常々思っている。

そんなレベルのことを50個リストアップするのだ。

 

「たったそんだけ?」とお思いかもしれないが、丁度いい塩梅の「したいこと」を50個挙げるのは、結構大変であった。

特に、油断すればすぐ「人見知りを卒業する」といった抽象的かつ非現実的なことを書いてしまうので、自制が難しかった記憶がある。

 

ただ、書き終わってから読み返すと、目に見えてしたいことが浮かんできて、実に楽しい。また、今日は暇だし今月はお金の余裕あるから、このしたいこと叶えられるくね?と、早速達成できた事柄もちらほら。

 

可視化は有用なツールである。こういうことにも活きるらしい。

 

ということで今日は、HowToにするほどでもないが、このリストについて述べていく。

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“有意義な休日”というヤツが極めて難しい件。

朝目覚め、ゆったりとモーニングを楽しむ。

香り立つコーヒーが嬉しい、爽やかな一日の始まりだ。

その後は録画していた番組を見たり、溜まっていた本を読んだりと、平日に出来なかったことを消費していく。

 

昼は気になっていた飲食店に行ってみる。

評判になっているだけあって、味も雰囲気も素晴らしい。

その後は食後の運動を兼ねて、ジムで運動を行う。

汗を流した後のシャワーは最高である。

 

夕方になれば、前もって約束しておいたディナーを友達と楽しむ。

互いの他愛もない近況報告は、週の中でもかけがえのない大切な時だ。

 

帰宅後は、軽く仕事の準備を済ませ、余裕のある心持で布団にもぐる。

そして再び、仕事へと繰り出していくのだ。

 

・・・とか、僕は出来たことがまぁないのだが。

 

無理矢理予定を捻じ込まない限りは、1日の構成要素が「寝る」「食べる」だけで終わることも多い。

というか大体そうなる。

 

今回は有意義な休日とやらについてだらだらと考えてみようと思う。

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自己分析が意外と楽しかった件。

自分ってどういう人間なのか。

例えば僕が僕を評するなら、人見知りでネガティブな、目立ちたがらない頑張り屋さんとなる。的を射ているハズだ。

しかし、こんな風に表現するのはたやすいものの、自己の本質とか、隠された気質とかまで把握している人はどれくらい居るのだろうか。

 

別に就活をリスタートしたわけではないが、研修の一環で最近こういうことを突き詰める機会があった。

そしてそれが、極めて面白かったのを覚えている。

ということで今日は、人見知りという濃すぎる霧に隠された気質を探る方法を、手頃なヤツとガッツリなヤツで紹介していこうと思う。

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暇が恐いんです病。

こういうとワーカホリックな意識高い系男子に聞こえるが、僕は暇とか手持無沙汰という状況がすごく苦手だ。

のんびり~とか、まったり~という言葉がどうにもスバラシイものに聞こえず、あの時間がマイルドな無間地獄のように感じられて仕方がない。

どうしてこういう思考回路になったのかを考えてみたが、体育会系の風土に長いこといたことが原因のように思う。

仕事は自分で探せと、強迫観念と共に刷り込まれた結果、いつの間にか対極の暇が悪のように思うに至ったのではなかろうか。どうでもいいところではあるが。

 

無論、これは非常に精神衛生に悪い。神経をヤる人の典型的な思考であり、行動である。常にアワアワと構えるのは、一聴すると美談に思えるが、つまりは遅行する自爆のように僕は思う。

 

ネットでこういう思考の改善方法を調べたことがあるが、ポップな解決策はどこにもなかった。

むしろ、結構人生相談の様相を呈していたフォーラムが多いことにビックリした。

 

ということで去年くらいから実は、僕はこういう自分の性質と向き合い、健康的で建設的な解決策は何か無いものかと色々と試してみた。

そしてここに記すに値するのもちらほら出てきたので、備忘録を兼ねてのっけておくこととする。

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人見知りを隠す術について考察したい。 中身編

前回はあくまでも見た目の話であった。

 

hitomishiriteki-jinseikun.hatenablog.com

しかし、ここで隠せることはたかが知れており、状況によっては一瞬で化けの皮が剥がされることもしばしば。

そういうオプションを全て取り去ると、残るのは人見知り気質の己のみ。

となれば、素の自分全開だと、あ、コイツはそういう奴なんだなぁ~と刹那に値踏みされるのは、皆様の周知の通りである。

 

では、心構えをしては何を用意しておけばいいのか。

どう振る舞えば人見知りっぽく見えないのか。

そんな都合のいい手段はそもそもあるのだろうか。

 

今日はその辺を、熱い精神論をなるべく絡めずに、僕の体験を踏まえつつ考察していきたい。

狡猾というなかれ。僕たちは必死なのだ。

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人見知りがかつて恐れていたモノと、現在の認識。

過去の自分がどういうことを考えて、どういう行動をしていたかを思い出すのは意外と難しい。

今より身長が10㎝低かったころは、どういう世界が見えていたかを思い出すのと同じくらい難しいのではなかろうか。

 

しかし、最近過去を知ることができる材料が色々と出てくる場面があった。

数年ぶりに会う友人の中の僕とか、昔学校で書いていた日記の中の僕とか。

聞いたり読んだりしている内に、毛穴という毛穴から汗が噴き出すかのような恥ずかしさであった。

 

でもよく考えると、汗顔になるということは、恥ずかしいと思えてる(気付けている)ということだから、自分は人間として器が大きくなったのだと信じて良い気がする。

というより、信じたい。

 

そこで今日は、前回の記事の流れをトン切り、上記の材料から色々と思い出した、かつて僕が恐れていたことと、その実―今はどう捉えているか―について述べていく。

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