読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

人見知りがかつて恐れていたモノと、現在の認識。

ネガティブ論 人見知り的人生訓

過去の自分がどういうことを考えて、どういう行動をしていたかを思い出すのは意外と難しい。

今より身長が10㎝低かったころは、どういう世界が見えていたかを思い出すのと同じくらい難しいのではなかろうか。

 

しかし、最近過去を知ることができる材料が色々と出てくる場面があった。

数年ぶりに会う友人の中の僕とか、昔学校で書いていた日記の中の僕とか。

聞いたり読んだりしている内に、毛穴という毛穴から汗が噴き出すかのような恥ずかしさであった。

 

でもよく考えると、汗顔になるということは、恥ずかしいと思えてる(気付けている)ということだから、自分は人間として器が大きくなったのだと信じて良い気がする。

というより、信じたい。

 

そこで今日は、前回の記事の流れをトン切り、上記の材料から色々と思い出した、かつて僕が恐れていたことと、その実―今はどう捉えているか―について述べていく。

続きを読む

人見知りを隠す術について考察したい。 見た目編

人見知り的人生訓

「あ、コイツ人見知りかも」

「あぁ、コイツ人見知りだ」

というのは、僕は実のところ出会ってからの数刻で見破ることができてしまう。

多分これは僕が同種だからであり、野生の勘に近いものが働いているからだと思う。

ただ逆に言えば、僕も同種の方には出会って数刻で見破られてしまっているということになるのだが。

 

それはさておき、第一印象が人見知りとレッテル貼りをされてしまうことを是とするか非とするか。

最近僕はもうどうでもよくなってしまったのだが、誰かに助言するとしたら絶対に非とすべきであると言う。

理由は、人見知りだと認知されると、そのままお人よしというレッテルまで貼られ、ゆくゆくは、会話とか仕事とか、色々なものの主導権を取られがちになるからである。

つまるところ、極めてめんどくさいのだ。

 

ということで今日は、僕なりのカモフラージュ方法についてを述べてみたい。

尚、これは隠し通すことが目的ではなく、バレるまでの時間稼ぎの意味合いが強いことを承知いただきたい。

続きを読む

人見知りが抱く淡い希望とそれを打ち砕く現実、からのそれに代わる何か。

人見知りコラム 人見知り的人生訓

僕は自信というものがよく分からない。

自分を信じることというのは、どちらかというと足元掬われるから駄目だよとかいう理由を付けて、否定される側の思想だと長いこと思っていたからだ。

また、どこまで行っても、どんなジャンルでも、世の中には確実に自分より上がいるから、俺強えぇだとかなんとかいう自信を持つだけ、鼻で笑われるだけの恥ずかしいことだと勝手に妄信していたというのもある。

今思えばこの2つの僕自身の考え方は、どちらも超くだらない、みみっちいものだと思うのだが。

 

だから、矛盾するようだが、僕が唯一自分に自信を持っていることは、誰よりも謙虚であるということくらいであった。

自分勝手なことはしない。人の意見は素直に聞く。そうすることがある種成功への道だと信じていた。

人見知り気質があれば、自己主張が極めて苦手故、こういう思想に落ち着く人も多いのではなかろうか。

本棚を見ても、僕のこの考え方を支持する本ばっか並んでいる。それはそういうのを選んで買ったからというだけなんだけどね。

 

そういうわけで僕は、謙虚ささえ貫けば、いつか報われる日がくるだろう、という淡い希望を抱いていた。

割とこないだまで。

 

現実はそうではないというのを知って以来、この希望は消えた。

でも、それに代わるものも同時に見つけた。

 

今日はこの辺をうだうだと述べようと思う。

続きを読む

拗らせた価値観ができあがるまで。

人見知りコラム 人見知り的人生訓 ネガティブ論

僕は今年、割とそこそこな年齢になる。

青年でばっちり通るのだが、子どもたちから見ればうっすらおじさんに片足を突っ込む年齢だ。

といってもまだ20代なんだけど。

 

人生を振り返るにしても、年齢的に早すぎることは承知済みなのだが、時折ふと考えることがある。

自他ともに認めるひねくれ切ったこの価値観は、一体どこを境に、どういう流れで構築されてしまったのかと。

人間関係もそう。女性に対して考えることもそう。

同意を求めようと誰かに吐き出してみても、困惑した笑顔でスルーされていく。

 

なかなかに暗く重い記事になる予感がすごくするが、何かの参考になればということで、人生を振り返ってみようと思う。

続きを読む

独り上手を極めたい2。

人見知り的人生訓

まずは、明けましておめでとうございます。

年が変わる前に更新したかったけど、年末って思ったより忙しいという。

 

さて、年始の連休を利用して帰省した僕に、立て続けにあるニュースが入ってきた。

身の回りの人の入籍的な話だ。

しかも3件。

うち1人は自他ともに認める親友。

そして襲ってくる「で、お前は?」のフレーズ。

 

「今は仕事に集中したいから」という便利な隠れ蓑を用い、僕はその場をやり過ごした。

心臓のらへんがキューっとしたけれど、気付かぬふりをして僕は僕を無視した。

 

さて。

じゃあ、どうするか。

そうだな。

 

もっと独りを楽しむ術を身に付けるとしよう。

ということで今日は前回の続編にして、紹介しきれなかったことを書いていく。

続きを読む

独り上手を極めたい。

人見知りコラム

友達の数は平行線を辿り、古い付き合いと交流を深める日々。

電話帳を見ても仕事がらみの連絡先や公共施設が大半を占める。

彼女いない歴も相当長いことになった今日この頃。

あの感情が僕の心に忍び寄ってくる。

 

「寂しい」というアレだ。

クリスマスシーズンのよくわからない盛況ぶりもこれに拍車をかける。

とりあえず金が勿体ないので、今年はクリスマスケーキを頼まない事に決めた。

 

しかし、寂しいという感情を消すことは一筋縄ではいかない。

ベースにあるのは人間関係の構築の不徹底になるのではなかろうか。

もしそうなら、それ絡みのいざこざは一朝一夕ではどうにもならない。

普段は仕事に没頭していればこういった感情は出てこないものの、例えば飲み会の後だとか、休日の暇な昼下がりだとかには、この厄介なフィーリングがぬるりと僕にやってくる。

 

持論だが、寂しいからという理由だけで友達や彼女を作るのは全面的に賛成はできない性質なので、別の手段を選びたい。

 

そこで僕は、いわゆる独り上手というスキルを身に付けることとした。

今日はその軌跡を徒然なるままに書き連ねようと思う。

続きを読む

人見知りと海外旅行。

人見知りコラム 備忘録

今年の秋、実はとある縁で海外旅行に行っていた。

柄にもなくテンションも上がり、トータルでみれば非常に面白い旅であった。

 

が。

異国文化というものはやはり勝手が違う。ただでさえ拗らせた人見知り的価値観を持つ僕なので、海外のそれとは全く調和しない。

むしろ日本よりも遥かに難儀する場面が多々登場することとなった。

 

同じ人見知りを拗らせた皆さまの為、僕自身の体験をもとに、覚えておくべきワードや対策を添えて、その辺を紹介していこうと思う。

 

続きを読む