人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

「ぶってる(笑)」というコメントが怖かった過去。

 

「イジり」と並んで昨今よく耳にする言葉がある。

「ぶってる」というそれである。

定義が難しいが、僕の感覚では以下のように感じている。

 

・注目されたい、モテたい、カッコつけたい、とかを主な理由として、大した思い入れが無いにも関わらず何かを知ったかぶる人への嘲笑

 

なんか厨二病に似ている。まぁいい。とりあえず良い意味では無い。

 

具体例が浮かばないが、やたら宗教画を語るとかそんなのは「ぶってる」にカテゴライズされてしまいそうな気がする。

新出の言葉なので、定義があやふやなのは当然か。

 

で、僕はこういう「ぶってる」という言葉、もっといえば”「ぶってる(笑)」と思われること”が、かつては怖かった。

人見知りからすれば他者評価は人生の通信簿に等しい。

こと重大に感じ、受け取り、常日頃から気になって気になって仕方がない。

 

今日はそれを打開したきっかけなんかを、思い出話を含めてご紹介。

 

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人見知りライフ。 予定無しの休日編

 

公私ともに充実している人をリア充と呼ぶそうだ。

パーティーだとかデートだとかに興じるヒトビトにしか使ってはならない言葉のように感じられるのは、僕だけだろうか。

前提条件として気心知れた友達が多数居るとか、お付き合いしている人が居るとかいう時点で、とりあえず僕は落第している。

「あなたは今世で非リアとして永遠に留年し、進級できるのは来世です。」

みたいなメッセージが、天高くから聞こえてくるようだ。

 

他者から見れば非リアから程遠い僕であるが、実際のところ僕は僕自身、公私共に満ち足りていると感じている。

現状に不満が無いといえば嘘になるが、おおよそは満足している。そんな状態だ。

 

では、こんな人間関係構築において赤点を取るような僕が、どうやって日々を満ちたものにしているのか。特に予定を何も放り込んでいない日の場合は。

そんなわけで今日は、偏屈で狭量ではあるという自負があるが、新たなカテゴリーとしてつらつらと記事を認めていく所存である。

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部分的再読のススメ。

 

日頃のルーティンとして読書を続けている。

以前は、課題とかにぶち当たる度に、それをテーマにした新書をAmazonで買い漁っていたものである。

尚、小説も読むが、頻度としてはそんなに多くない。

 

そんな僕だが、最近は本の読み方を少し変えている。

それは、本棚がもう埋まってしまったのもあるし、金銭的に少し自己投資を減らす必要が出てきたというのもある。

しかし、もう蔵書のラインナップとして、僕個人が抱えがちな悩みとかそういうのが揃いきってしまったというのが一番大きい。

 

という訳で、タイトルの通りの読書を最近は行っている。

大した内容ではないのだが、ここにつらつらと書き記す。

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人見知り打破にあまり効果が無かったものたちの軌跡。

 

産まれて約30年経つ。(四捨五入すればだけれど)

己の人見知り気質に気付いたのが、多感極まりない高校1年の頃であった。

そこから考えると、もう10年以上が過ぎるわけで。

 

今でこそ諦めからか達観からかは分からないが、これを受け入れているものの、当時はそれを包み込めるほどの器量は、正直無かった。

また、読書という自己投資の術も知らなかった。

そういった背景があり、僕は僕のネジくれた価値観や思想を糧に、独学でこの気質を捻じ曲げようと努力した時期が結構ある。

 

ではその努力は活きたのか?

結果論だが、凄まじくアヤシイと言わざるを得ない。

 

ということで、前にも似たテーマで書いた気もするが、閉じられた世界に暮らす同類の方々に向けて、以下の対策は全然効果がないよ、むしろ悪影響だよ、ということをお伝えしたい。

あくまでも反面教師として。

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自信が深まるバイオリズムってのがある気がする。

 

人生を振り返ると、勝負所は色々とあった気がする。

発生順で言えば、高校受験、漢字検定初級システムアドミニストレータ試験、大学受験、TOEIC、就職活動、再就職活動、英検準一級・・・

 

細々したところで言えばこれの何倍もあるのだが、今回は割愛する。

 

無論、上記の全てに勝てたかといえばそんなわけ無く・・・。

幾つかの項目にはメタクソにやられてしまった。常勝無敗なんて漫画の世界だけだ。

 

で、結局何が言いたいのかという話なのだが、実は勝ったときと負けたときでは、本番当日までのメンタルの動きに色々と特徴があったということである。

 

つまり、こういう心持ならダメで、こういう心持なら良いというのがハッキリと区別されているという話なワケで。

要は自信のバイオリズムと言えようか。

 

今回は私見たっぷりであるが、それについて述べていく。

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かつての僕に学ぶこと。

 

高校の卒業アルバムが出てきた。

その時期から気付けば10年近く経っていることに慄然としたが、アルバムを開けばそんな想いはどこへやら。

アルバムの中は文字通り時が止まっており、”あの頃”が色鮮やかにそこに残っていた。

 

夏に市内の居酒屋で「この後ガールズバーに行くぜぇ」と息巻いていたアイツ。

この当時はこんなに純朴そうな顔をしていたのか。

「そろそろ俺のビジネスをしたいな・・」とさり気なく爆弾発言をしたアイツ。

この当時から恐ろしいほど姿形が変わっていないな。

 

その他にも色々な思い出が蘇って来て、ホッコリする時間をしばらく堪能した。

僕自身のセピア色な高校生活に、やっと着色できた気がしなくもない。

 

それと時を同じくして、化石のような携帯も発掘した。

大体高校2年~大学1年まで僕が使っていたヤツだ。

何気なく充電して、電源を入れてみると、何と普通に起動した!

で、当時のメールもまんま残っていたので、しばらく読んでみた。

 

恐ろしいほど文が稚拙だ。でも今より感情が素直に出ていて、読んでて清々しい。

女子に送ったメールもある。うわぁ、絵文字が全く無いクソつまらん駄文だなぁ。

 

これもまた、1時間程度、笑いと冷や汗を交互に満喫させて頂いた。

 

僕は今まで、かつての自分を基本的に否定するスタンスを取っていた。

そうして初めて、僕は僕自身の成長に目を向けられると思っていたためだ。

しかしこういった機会を偶然に持って、少し考えを改めようと思う。

回りくどい話だが、今の僕が出来ないと思っていることを、過去の僕が出来ている、そんな証拠を色々と見つけ、思い出したためだ。

 

当時15~8歳の僕にあって、今の僕にない。その上で、普通に誇って良さそうなモノ。

今日はそれを、何かのお役に立てればと思い、纏めてみる。

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人見知りがスキルとして持っておくと良いと思うモノたち。

 

僕は勉強が好きである。

といっても、勿論机に毎日かじりついて微分積分だとか、古典文学を原文のまま読破といった、ガリの勉ではない。

 

理由は2つある。

1つは、単純に色々な知識を得ることが楽しいから。

もう1つは、自分には人一倍欠陥があるという自負があり、その埋め合わせをするには後天的努力が必須だと感じているから。

というものである。

 

だからか、紆余曲折はたくさんあった。

今思えばそんなにこれ、活きなかったなぁというスキルも多々ある。

 

ただ逆に、これは極めて有益だというスキルも同時に発見したわけで。

今回は、費用対効果が人見知りにとって良いことを、一部は推薦図書と一緒にご紹介していく。

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