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人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

人見知りがよく言われる、「優しい」とはなんだろうってのを考えてみる。

人見知りはその性質故に、大抵は「優しいね」という評判を頂くことが多い。

が、これは裏を返せば、「何やっても怒らない」という意味の優しいであることが大半だ。

つまり、そのセリフを言われたからと言って、敬意を払われているかはわからない。もしかしたらナメられている可能性もある。

経験談だが、年下だろうが年上だろうが、一度ナメられ始めると非常にめんどくさい。周りを見ていると、怒れないが故に優しいと言われ、優しいが故に人からあまり重視されていない人もちらほらいる。これは辛い。

 

実を言うと僕も、優しいと言われたら嬉しいと感じてしまう。しかし同時に、ナメられるのも嫌だと言う考えも根強い。これはもう、自身の劣等感とか、その辺のどす黒いものに帰着するんだけど。

 

ということで今日は、如何にしてナメられない優しさを得るかについて考えようと思う。

  

真の優しい人とは。

 

僕自身の考えだと、真に優しいと思う人は、普段は大抵機嫌が良く、理不尽なことでは怒らない。理不尽に見えても、実は深い理由や思慮があったりする。しかし、許せないことはキチっと叱る。だが、その叱咤の内容に個人攻撃は含まれていないし、そのフォローは見事なもの。罪を憎んで人を憎まず。さらにはこうしたら怒るよという線引きも明快で分かりやすい。また、飲み会なんかのプライベートでは、普段見せない一面を見せてくれたりもする。

 

四六時中ニコニコして、何しても「ええよ!」で済ます人もそれはそれで魅力的だが、僕は正直、下について大丈夫かなぁ、仕事任せて大丈夫かなぁと感じてしまう。

そしてキレキャラで定着している人は、精神がすり減るのであまり近づきたくない。肩にどうしても力が入るので、多分理想的なパフォーマンスはその人の前では出来ない。

怒り方がネチネチな人も嫌だ。同じテーマの同じセリフで月に4回くらいネチっと言ってくるとか。また、一度の注意で10分かそこら持ってくとなると、こっちがキレてしまいそうになる。

 

真の優しい人は、僕がさっき挙げた要素を持っている人で、概ね間違いないとやはり思う。

 

どうやったらこれらの要素が身に付くのか。

 

今まで何度か、僕が真に優しいと思っている人に訊いてみたことがある。

「どうしてあなたはそこまで、人に本当の意味で優しくできるのですか?」と。

 

すると大抵、その人はとんでもない過去を背負っていることがわかった。

 

実家が借金取りに追われていたとか。

大切な友人を亡くしたとか。

1年間睡眠時間3時間で耐え抜いたとか。

 

十人十色だが、ほぼ必ず苛烈な過去を持っていた。ここには書けないほど辛い話もあった。とある本に書いてあったことだが、人は地獄にいるときに魂が磨かれていくという。スピリチュアルな話だなと思っていたが、こういうのを考えると、的を射ていると思う。

実は僕も人に言わせれば、なかなかに波乱万丈な人生らしい。しかし、真の優しい人が歩んできたそれに比べれば、正直ぬるま湯のようなものである。

一度はどん底に落ち、そして這い上がってくること。これがもしかしたら、真の優しい人になる不可欠な条件なのかもしれない。どこまでも辛い経験をしているからこそ人の気持ちが分かり、その人に必要なことを言ってあげたり教えてあげたりできるのかなと思う。例えそれが、烈火のごとく叱ることであっても。

 

そうはいっても。

 

しかし、好き好んで地獄に落ちるなんて、僕は絶対に嫌である。出来ることなら、地獄というものを避けつつも、そういう要素を身に着けたいものである。僕は地獄に落ち、そのまま帰ってこれていない人も心当たりがある。

 

ということで僕が実践しているのが、地獄に落ちて帰ってきた人のドキュメンタリーを読むことである。体験していない以上、その真の辛さや苛烈さは体感できないが、そこでその人が得た教えは文章で読むことができる。過去にも推薦したことはあるが、以下の2冊が特に良かった。

「生き地獄」脱出法 「生き地獄」脱出法
向谷 匡史

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人生を創る言葉 人生を創る言葉
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また万が一自分が地獄に落っこちた時でも、身の御し方を知っていれば、幾ばくか心のダメージとかを抑え、また速く抜け出せるかもしれない。

そういう意味でも本を読むのは大事である。

 

叱り方。

 

僕は正直、物心ついてから人生で本気の本気で怒った経験は、両手の指の数より少ない。

キレたフリをしたことはあるが、正直立場がそうさせただけで、心は意外とクールなままだったものである。

 

さて、この理由は主に2つ。

1つは、僕がキレてまで押し通したいモノを特に持っていないから。

もう1つは、怒り方がよく分からないから。

 

である。最初のは話にならないからいいとして、2つ目のは皆さん一度は悩んだことがあるのではと思う。

 

怒り方が稚拙だと、逆に捻じ込まれてこっちが論破されたり、心を傷つけてしまったり。言いたいことが伝わらなかったり、また自分自身の評判を下げてしまったり。ある種これは、ノー勉で挑むと博打に等しい。

 

ということで、来たる時に備え、僕は怒り方の本みたいなのを見つけ、それをたまーに読み返している。その技の1つを実際に使ったことも何回かあるが、効果は本当にあった。冷静な口調のままセリフ1つで怒りを感じさせ、反省させることができるのは、キレるほど心が荒立たない僕には最高の方法だった。

是非一読してほしい。名前はアレだけど。

ヤクザ式 相手を制す最強の「怒り方」 (光文社新書) ヤクザ式 相手を制す最強の「怒り方」 (光文社新書)
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終わりに。

 

こうしてみると、真の優しい人になるには、運でも勉強でもどっちでも有効なことが何となくわかった。あとは、こういう男(女)になるんだという意志がないといけないけど。

 

なぜこういうテーマで急に書いたのかと言うと、最近年齢的なものだと思うが、頼りにされることが増えたためである。頼りにされている以上、ただ怒らない優しさ一辺倒では、その役目は務まらない。今年で色々と年齢的に転換期なので、ちょっと改めて考えてみた次第である。

 

優しさでもキレキャラでもなんでも、突き抜ければ人望になるとも本に書いてあったし、その通りだと思う。ということで僕は、「優しさ」が突き抜けた人間になれるよう、頑張っていきたいと思う。

 

人見知りだけどね。これは治らない。治りません。

赦してください。