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人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

ネガティブ期の過ごし方。 特別編

ネガティブ論 人見知りコラム

まずは言い訳をば。

パソコンが壊れてしまった。

悪戦苦闘の四苦八苦でどうにかデータを復旧したものの、こうして記事を更新できるまでには結構時間が掛かってしまったという訳である。

 

そして悪いことは連鎖するらしい。

ここ3ヶ月の間で、仕事で大き目のミスをしてしまったり(解決済)、今回のパソコンブレイクの一件があったり。

そして更には、告白からの撃沈を経験してしまったのである。

ちなみにこういう経験は6年ぶり3度目くらい。人生でも稀有である。

それは僕が全然アタックしないからなんだけど。

 

尚、今は元気いっぱいである。人からイジられても平気なレベルには回復した。

ようやく固めのカサブタくらいにはなったのかな。

 

ということで今日は、このほろ苦い経験から僕が得たことをご報告しようと思う。

  

好意をアテにしてはならない。

 

正直、僕の中では結構勝率が高かった。

食事は何回もしたし、僕の家で飲んだこともある。とある観光地へ二人で行ったこともあったからだ。

しかし結果は上記の通りである。ヤケ酒で雁木を飲みながら、僕は独り反省会を一度だけ行った。

 

頭に浮かんできたのは、恋愛経験多めのとある先輩や、ネットでみたこんな言葉であった。

「女性は男性より精神的に上手」「男性は女性より単純」とかこういうヤツ。

この真意がようやく身に染みてわかった。

恋愛感情が無くとも、友達程度の関係と割り切って、例え異性であろうとも楽しいと思えばこういう場には来るということなんだな、って。

つまり、誘いに応じてくれる程度で好意と解釈するのは浅はかなんだと、失った今になって気付いた。

遊びに行くなら友達程度の間柄でも行く。なるほどなと思い、僕は酒をあおった。

無論結果は二日酔いである。

 

どん底期。

 

つーことでそういうエンディングを迎えてからしばらくは、僕はある種どん底にいた。貧乏神が何柱も憑りついたかのような憔悴っぷりであり、目に見えてやつれていたらしい。

何よりビックリなのは僕自身がそんなになるまでこの甘酸っぱいものに依存していたという点である。

 

だから僕は、立ち直る一歩としてこの甘酸っぱいものの否定から始めることにした。

全てを忘れたいので、空き時間なしで仕事に没頭して、思考から追い出した。

「時間・カネ・労力をここまで投資しても何も得られなかった。これが会社なら、超不良事業だぜ」と自分に言い聞かせもした。

生涯独身だった場合の人生についての情報を調べもした。

下手に彼女や嫁さんを得たばかりに、離婚だの不倫だので人生狂った人の体験談を読んだりもした。

僕自身は恋愛とか結婚とかいうのに不適合なんだなと悟ろうともした。

 

ネガティブ期ここに極まれりである。

無論、こんな卑屈な思考で解決できるハズもなく・・・。

結局傷を癒してくれたのは、友達の存在だったり、やっぱり好きなゲームとかに没頭することだったりであった。彼らには多大な感謝を述べたいと常々思う。

 

んで、今。

 

現在としては、日常生活にそういう負の感情が出てくることは無いほどに傷は癒えた。

しかし、18歳の頃からほんのり抱いていた恋愛・結婚願望は完全に消えてしまったと感じる。

理由は簡単で、ここまで行ってもダメなんだったら、どうなってもダメだな、と感じるレベルに勝率があったのにアカンかった為である。

そして何より、ここまで打ちのめされてももう一回!となるほど、異性の存在が僕の中で大きくないということもある。

ちなみに書いていながら「拗ねてるなぁ俺」と思い不安に思ったが、内閣のどこかが調べたデータによると、独身男性の7割くらい?には彼女がいないらしい。同じこと考える人はたくさんいるんだなと感じた。

肉食系を自負する人には、絶食系男子と言われる僕の分まで是非頑張ってほしいものである。

 

もしかしたら僕は完璧には立ち直っていないのかもしれない。

なんか書いていながら卑屈なこと述べてるし・・・。

 

けれど、どん底の時よりは心が穏やかである。なんかもう、悟りというかなんというかである。

 

年齢的にも、そろそろそういうのを考えて行かないとならない時期ではあるが、実を言うと誰かと一緒に暮らすことにすごく抵抗がある性分なので、向いていないことは重々承知である。

しかし、弟がぼちぼち結婚すると言っていたので、初孫の顔を見せる役目とか、そんなのは全部譲ろうと思う。

祝儀とお年玉には色を付けて払えば、援助としては悪くはないだろう。

 

そして僕は、現在本気でペットを何にしようかを考えている。

ウサギが文鳥か魚か。

 

何かを諦めたとき、何か別の可能性が出てくるものである。

 

ぼくは愛を証明しようと思う。 ぼくは愛を証明しようと思う。
藤沢 数希

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