プロローグ01 きっかけ
ここ一か月、外出のバリエーションが極めて少ない。
家。実家。職場。飲食店。
この辺にほとんどが集約される。僕の足跡をGPSで辿れるならば、とても少ない線の数でトレースができそうである。
だからか、最近色々と息が詰まってきた。プライベートを減らし、仕事に取り組みまくる日々。
滅私奉公を地で行く生活が長く続くと、自分の為に時間を使うことが悪に感じられる。遂には、夢の中で仕事をしている場面すらみてしまった。
「出不精な俺だけど、そろそろ公と私のクラッチを切った方がいいかなぁ。」
仕事は好きなのだが、最近の生活のカサカサ具合に、僕はこんなのを思うことが増えていた。
そんな折、この日月と、たまたまではあるが連休が入った。(もともとシフトは日月休みなのだが、何だかんだでフル連休は1か月以上ぶりである)
この2日を有意義に使わない手はない。ここを逃せば、少なくともまた一週間、こういう乾いた心持が続いてしまう。
動機は正直、遊びたいという欲からなのか、遊ばないとマズいという強迫観念からなのかは分からない。
だがどちらにせよ、気分転換は必須っぽい。僕は久しぶりに、休日のプランを本気で考えることにした。
プロローグ02 目的地
「一度完全に仕事のことを切り離すためには、それからまず距離を取らないとな。」
と、まず思った。
しかし、連休とはいえ、それが確定したのは直近のこと。泊りがけでどっかに行くのは、宿の手配等を考えると極めて億劫だ。
それに思い付きの要素が強いため、一泊してまで行きたいところが閃かない。
正直、気分転換のためには、物理的な距離をとってしまうのが一番だと思う。
極論海外に行ってしまえば、日本にごちゃごちゃしたものの全てを一時残置できる。だが今回は、そういったエスケープはできそうにない。
山奥とかに引きこもれば可能かもしれないが、それで気分が晴れるとも思えないので、別の目線で考えてみた。
「物理的に無理なら、時間軸的に距離をとってみるか。」そんなことをふと思いついた。
どういうことかというと、現実を忘れるために、過去のことにどっぷり浸かってみよう、とかいうそんなである。
つまり、史跡なんかを巡って、その時代のことに思いを馳せている間は、日々のこととか一時的に忘れられそうだ、と考えついたのだ。
結局うだうだ考えていくと、やっぱり明治辺りが一番面白そうだという結論に落ち着いた。
るろうに剣心とか、龍が如く 維新!とか、龍馬が行くとか、世に棲む日日とかその辺の作品で、漠然とだがその時代背景を知っているし。(フィクション多めではあるが)
僕の住んでいる県は、明治に色々大暴れした長州藩と呼ばれていたところだし。
それに、勤王の志士と呼ばれた方々の思想にも興味がある。
僕の勝手な考えだが、彼らは、己や理想の為に現実を変えようとした人たちだと思っている。
そして僕は、現実にブチ当たると、己や理想を変えてちょろまかす小物である。
「僕と真逆の環境で、真逆の考えをもって生きていた人って、どういうことを思いながら奔走していたのだろう?」
「そしてその思想のルーツはいったいどこから来ているのだろう?」
と、この辺を考えだしてからというもの、その答えをきちんと知りたくなった。ネットでちょちょいと拾える浅薄な知識で結論を出すのはやめた。
博物館や資料館に、自分の足でちゃんと行きたくなった。
だから僕は、そういった方々のルーツとか、痕跡とか、そういうのが色濃く残る場所に行くことにした。
そういうわけで、僕は萩に旅行することに決めた。
決めてから気付いたが、日本海側ならではの美味い海産物も食えるし、良い雰囲気の温泉もある。最高の休日をクリエイトできそうだ。
僕と正反対の思想や生き様を学んで、その過程で日ごろの生活からクラッチを切り、最後は心身を癒して帰還する。
大枠はこういう脳内会議で決まっていった。
プロローグ03 準備
日帰りなので準備物などほっとんどないのだが、とりあえず忘れずにデジタル一眼レフのバッテリーを充電しておいた。
あと、標準レンズと単焦点レンズを、きちんと分けて用意して。
お金もきちんと銀行から下ろしておいた。きっと、博物館とかそういう場所では、カードでの支払いができないに違いない。
そして、仕事は土曜日に全て終わらせておいた。休日に仕事の話が降ってくるなど、興ざめもいいところだ。
携帯を置いていこうかとも思ったが、そうすると現地でのリサーチができなくなるため、さすがに持っていくことにする。
また今回は、予習をするのはやめておいた。
理由は色々あるが、幕末は藩同士・人物同士の関係が非常に入り組んでいるからというのと、そういう時間が取れなかったため、という2点が大きい。
さて。コースはざっくりと、以下の通りに決めた。
①まず博物館・資料館を巡ってから、展示資料等を見たのち、その中で興味のある人物を控えておく。
②その後で昼食を食べながら、その人物にゆかりのある史跡をリサーチし、そこに時間の許す限り立ち寄ってから、温泉に浸かって帰る。
行き当たりばったり上等である。密にスケジュールを練っても、僕のことだ。守るわけがない。
神経質なクセに、こういう自分しか幸不幸にならない計画作りは粗野だ。だから気楽でもあったけれど。
そうこうしていると、すっかり気持ちが昂ってしまった。幼い日に味わった、遠足の前夜における、あの昂奮を思い出す。
仕方がないので、寝酒を二日酔いにならない程度に仰ぎながら、幕末を舞台にしたゲームをプレイすることにした。
久しぶりの仕事が混ざらない休日。久しぶりの一人旅。
ガラにもなくワクワクする。いつ以来だろうな、一人での動きに心が躍るのなんて。
「一旦俺を現実世界から切り離してくれ」
「自分と対局たる考えを教えてくれ」
「美味しい海の幸を堪能させてくれ」
そういった俗まみれの要望を萩に飛ばしながら、僕は次第に眠りにつくのであった。
第一部 完
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