僕はネガティブだけど、それなりに充実した人生を生きたいと思う。

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本気で人見知りを直したい?ならばこれに取り組むと良いよ。 ~メンタル編4選!~  

何度も言っていることだが、僕は一時期本気で人見知りを治そうとしていた

 

10代後半~20代前半にかけては、まさに悪戦苦闘の日々。

 

意見を言えない自分。

一歩引いてしまう自分。

堂々と出来ない自分。

 

全てが嫌いだった。現状に満足なんて出来るわけがない。

 

理想の僕は、物怖じせず、堂々と意見を述べて、誰の前でも胸を張れているはずなのだ。

 

・・・という日々を数年過ごし、今はどうなっているのか。

 

これまた何度も言っているが、そのような努力は徒労だと感じている。

 

人見知りを治すのではなく、長所と捉え、押引きの仕方を考えるほうが健全である、と。

 

実際、受け入れて、考え方を変えてというプロセスを経た今、それなりに満足して生きられている。

 

だから僕は、人見知りを治したいという意見には、あんまり賛成できない。それよりも、自分を受け入れなよ、と思ってしまう

 

そうはいっても、人見知りである己が不満で不安で仕方がないのであれば、改善する方法を試してみるのはアリだ。

 

今日は、僕が思う人見知りを治すためのプロセスを、メンタル面の話に絞って述べていく。

 

 

 

 

『人見知り』を理解しよう。

 

 

僕の感覚だと、人見知りとは、

 

『他者に嘲笑されることが異常に怖いがゆえに、目立つような行動を全力で避けること』

 

とか、

 

『社会から爪はじきにされることを恐れるがために、自己主張を可能な限り隠し、他者の意見は可能な限り肯定する』

 

とか、そんな感じではないかと思う。

  

友達は欲しい。でも、話しかけてウザがられるのは辛い。

 

彼女は欲しい。でも、話しかけてキモがられるのは辛い。

 

こういった恐怖が欲に勝つ限り、僕らは永久に一歩を踏み出せない。

 

僕は超絶な人見知りなので、この気持ち・感覚は身に染みて分かる。

 

・・・となれば、まず何から始めるべきかなんて明白だ。

 

この人見知りマインドをぶち壊すこと。

 

それに尽きる。

 

『周囲は敵』『自分の一挙手一投足は、みんな見てる』『周りの顔色を窺うのがタダシイ』

 

こういった人見知りの確固たる信念を転換しない限り、人見知りは人見知りの狭い世界の中で果てるのみだ

 

以下、それを踏まえ、具体的な方法を紹介する。

 

マインドを作ろう。

 

必読書と言っても言い。これまた何度もここで紹介している『嫌われる勇気』を読み込むところから始めよう。

 

正直、もっと早く世に出ていてくれれば、高校生の僕は救われたのでは?とさえ感じる。

 

『周囲は敵』『自分の一挙手一投足は、みんな見てる』『周りの顔色を窺うのがタダシイ』

 

という先に述べた事柄が、ものの見事に論破されていく。そして、そういう感覚を持っている限り、『幸せにはなれない』とも書かれている。

 

この本を読んで、狭すぎる価値観を矯正しよう。

 

その後は、自分の意見をガンガン通す人の心の内を学ぶのがオススメである。

 

例えば、最近出たこの本は良著であった。

 

また、自分の意見が言えたら楽しいだろうなと感じさせてくれる、対談の本も面白い。

 

ということで、自分の価値観を良い方に転換し、ノー人見知りの考え方などを吸収。メンタル面は、まずここから始めてみよう。

 

チャチャを入れてくる人の気持ちを知っておこう。

 

しかし、そういった知識を入れても、やはり『他者』が怖いという人は多いと思う。

 

怖いと感じるものは、得てして『不明な点』が多いということ。分からないものは、確かに怖い。

 

・・ということで、チャチャを入れてくる人の思考は、実際のところ大体こうだというのを解説していく。

 

まず、『ぶってる(笑)』『今日はかっこつけてるじゃん(笑)』といったことを吐いてくる奴。

 

暇なんだろう。暇だからこそ、他者のことを観察して、揚げ足を取ろうと身構えているのだろう。

 

そういう軽すぎる思考にビクビクするのはバカバカしい。こう気付いてから、僕はこういったコメントに取り合わなくなった。

 

中身のない話に貸す耳は無い。という話である。

 

『常識として~』『一般的に~』とかで絡んでくる奴。

 

2パターンある。一般論を隠れ蓑に、とりあえず他者より優位に立ちたいか。それか、何も考えていないか。

 

『あんたのために』という気持ちがありそうなのが厄介なのだが・・。

 

例えばこちらから『他の理由は?』と突っ込んでみて、返事に窮していれば、相手も深く考えていない証拠なので気にする価値はない。

 

そもそもとして、こういう絡みをしてくる奴はあまり多くない。

 

脳内の他者はこういうことを言ってくるかもしれないが、現実にそこまでの暇人はそうもいない。

 

例えば、あなたも日ごろ変わり者を目にすることは多々あると思う。奇抜な頭、格好、言動・・・。

 

しかし、そういった人を見た場所、その容姿を細かくあなたは言えるだろうか。

 

奇抜な人でそうなのだから、僕らのような一般人が、雑多な誰かの記憶に残るワケないじゃないか。(残ったとしても不都合ないし)

 

ということで、他者からの怖い(と錯覚しているだけ)のコメントの解説はこんな具合である。

 

ここまでのことを読んだら、最後の項は実践編である。

 

恥をかこう。

 

以前これをテーマに記事も書いたが、再度紹介する。

hitomishiriteki-jinseikun.hatenablog.com

hitomishiriteki-jinseikun.hatenablog.com

 

恥をかいて、恥ずかしい思いをする。そしてそれが全然誰にも相手にされない、記憶にも残らないという経験を積む。

 

僕は、自分の人見知りが改善した契機は、ここにあると強く感じる。

 

無論、女装して出歩け!とか、交差点でライブしろ!とは言わない。

 

もっと簡単なところから始めれば良いのだ。

 

家のすぐそばであれば、意識の高いトレーニングを行ってみよう。

 

ランニング。階段ダッシュ。素振り。シャドウピッチング。何でもいい。

 

『うわ、ぶってる(笑)』と脳内のクソが言ってきそうな何かをしてみよう。

 

間違いなく、誰も注目しない。でも、されないことが大切。早速、夕方にでもやってみよう。

 

或いは、カフェに一人で行くのも良い。そこで、とことん『ぶって』みるのもアリだ。

 

明治の文豪の作品や洋書など、意識が高いと揶揄される本を、カフェにて独りで読む。

 

これを1時間もやってみると、チンケなプライドは消えているのではと思う。

 

ということで、自分の中では大恥の何かを、実際にやってみることが大切。頭で理解しても、経験しないと分からないことはある。

 

『他者は自分に全然興味がない』という考え方を心の底から理解したとき、人見知り打破の最初の一歩が踏み出せる。

 

先述の本を読んで、チャチャを入れてくる奴らの思考を知ったら、あとは恥をかく!

 

ここが人見知り打破に必要な事柄だと僕は感じる。

 

あとがき。

 

僕は人見知りを、治すのではなく活かす方向に考えている

 

と述べた。とはいえ、精神が未熟だった時期よりは、遥かに人見知りが緩和しているという実感もまた、ある

 

本気で人見知りを治したいと感じているのであれば、ここに述べた方法は、シンプルながら効果が期待できるものだ。

 

次回の記事では、フィジカル(=もとい見た目)について書いた。ぜひ併せて読んでみてほしい。

hitomishiriteki-jinseikun.hatenablog.com