最近、やたらと本を読んでいる気がする。
それはそれで結構勉強にもなるし、もちろん人に話すネタにもなるのだが・・・。ふと手を止めて考えると、ある疑念が湧く。
書いてある教えや行動の内、俺はいくつ実践したっけか?
―するとやはりというか、パッとは全く浮かばない。読んで喋って悦に入るとか、最悪ではないか!
だから今週思い立って、意識して書いてある教えを実践することに決めた。今日はそれの記録である。
誰よりも働く。
そこはかとないブラック臭がするが、空気を読んでみんなで時間外労働とかじゃなく、自発的な動機ならまだマシだろう。
不思議なもので、バリクソ結果を出す人は、人から与えられる仕事をこなすだけの人生を危惧しながらも、労働時間は無茶苦茶多い。
それを超色濃く見せつけられたのは、『人生の勝算』と『渋谷で働く社長の告白』の2冊である。
そこには結果を求めて、休みほぼゼロ、労働時間は1日のほとんどという無茶苦茶な暮らしをしていることが書かれていたのだ。
―これは真理の一つなのだろうか?実践しているからには、人にヘンな影響をふりまかない程度にやってみたい。
ってことで今日は、日課のウォーキングにメモ帳を持参して出掛け、40分程度仕事のことを考えながら歩いてみた。
猛烈に働くとは少し違うかもしれないが、まずはその対象となるアイデアを閃くためだ。
すると、誰にも邪魔されない時間だってのも効いたのか、試したいアイデアを複数個閃いたのだ。
また、ルーティン作業もいつもより素早く、そして数多くこなせた気がする。これはめっけもんだぜ。
―ただし、業務後に残る方は全然駄目であった。疲れてダラダラと、ただ居るだけという感じだった。
僕が仕事量を増やすには、やっぱ業務前なんだろうなと、良い経験値が得られたと考えようっと。
睡眠の質をどこまでも高める。
―となれば、いっそ滅茶苦茶にそれを高めたらどうなるか?せっかくなので試してみる。
まず朝の時点でその仕込みは始まる。どうやら『ウェイトトレーニング』は、夜の眠りの質を高める効用があるのだとか。
だから実は日課であるそれを、以下の動画を参考に負荷をめっちゃ高めてみた。(腕もげそう・・・・)
―で、仕事後。
入眠二時間前には遅くとも飯を食べ終えろとあったのだが、食事のタイミングや睡眠時間の確保を考えると、それは少しきつかった。
結果逆に質を下げてもアレなので、睡眠1時間前に食事終了ということで妥協。その代わり、蒸気でほっとアイマスクを使用し、補充を図る。
トドメは最近知った『ルイボスティー』。熱めのそれをじわりじわりと飲み、身体の温度を高めつつ、そのものの快眠効果も狙ってみた。
そして就寝中も自然音を流し、出来る限りは徹底できるよう、手を打った次第である。
―それが、昨晩の話。
不思議なもので、寝付くのは20分くらいで落ちたのだが、そこから10~20分後に一度目が覚めてしまった。
しかしその時はまだ"まどろみモード"とでもいうべきぼんやり状態だったので、難なく二度寝。
・・・驚いたのは起床時だ。なんと9時間も経過していた。どんだけ疲れてんねん、俺・・・・。
とはいえ、その効果はてき面だったと感じる。この部分は仕事から帰った後に書いているのだが、普段よりまだ集中力が続いている感覚を覚えている。
一度徹底して睡眠の質にこだわるのも、時たまにはありなのかもしれない。
一日に大量の作業を詰め込む。
こちらは『多動力』より。
とにかく、準備ができないレベルに仕事をパツパツに詰め込み、隙間時間も徹底して何かをする時間に充てることで成功に繋がる―という感じであった。
これには『ネガティブは準備ができた方が成果に繋がる』という反対意見もあるが、僕は一度、僕のキャパを知りたいと思ったので、試すことに決めた。
ただし気を付けたのは、『他の人の仕事を持ってきて、それで時間を埋めないこと』である。
主体性のない時間、もとい誰かにコントロールを奪われた状態で時間を埋めるのは非常に辛い。鬱病まっしぐらだぜ。
ってことで、あくまでも僕の時間、僕の仕事をフルに膨らませて、一日をぎゅうぎゅうにしてみたのだ。
―当たり前だが、結果夥しいタスクを消化することができ、かつ振り返れば、極端な質の低下も、別にないような気しかしないのだ。
これは意外。僕のキャパは、思った以上にデカいらしい。
詰め込み過ぎも考え物だが、他人に人生を乗っ取られないよう留意しつつ、一度ギッチギチに仕事を入れてみてはどうだろうか。
自分にしかできないことは何かを、突き詰めて考える。
僕は極論、『世の中で自分にしかできないこととかねーし』と考えているのだが、エリアを狭めればそうではなくなるという話も、同時によく聞く。
だから、自己分析をどこまでも深めることを推奨する本は、割と多い。つまり、みんながいう『十分』を『不十分』と考えて、内省を続けるのだ。
そんなワケで、僕も僕の武器とかその辺を、もっと深く考えることに決めた。制限時間は30分と決めて。
何ができる?何ができない?弱みと思っていることは、考えを変えれば強みではないか?では、それらを使えそうなニッチな市場は無いか?他のジャンルと組み合わせられないか?今までどんな実績を出した?
等々。考えに考えてみた。
すると、具体的なアイデアとしては話にならない粗さだが、いくつかの『仮説』を閃くことは出来た。
―となれば、後は『検証』と『考察』を行うだけだ。会社に怒られない程度に、まずはこそっとやってみようと思う。
一日に空白の時間を取る。
さっき言ったこととやや逆説気味だが、『自分のことを整理整頓する時間も大事』と説く本もまた多い。
ただし、家でその時間を取るとくつろいじゃうので、休日にコインランドリーの乾燥を待っている間、その30分程度で職場に行ってぼーっとしてみた。
―すると何が起きたか。自分が日々抱えている仕事の内省と、その改善策の考案が、"ぼんやり"の中で色々と進んだのだ。
具体的には、『今週のあの指導はハマらなかったなー』『じゃあ次は、あの先生の教え方をパクるかー』と、脳内で独り言をする感じだ。
意外とアイデアってヤツは、弛緩の時に出てくるのかもしれない。
ただし僕らには、ボーっとしていると反芻思考に飲み込まれるリスクもあるため、疲れているときはしない方が良いとも思った。
終わりに。
ってことで、パクリまくりの一週間は、結構発見があって楽しかった。しかし、同時にかなり疲れた。
これらがルーティンになっている人たちは、そりゃ成功するわ・・と強く思わされるという、不思議な時間でしたなぁ。
勿論全部自分に移植しても、いずれぶっ潰れるたけなので、自分に取り入れつつも工夫は絶対に欠かせない。それは間違いない。
一度読んだ本、真似したいことを取り出すためにも、また読むとしよう。
では今日はこの辺で。