どうでもいいのだが、先週二日で7万円くらい使った。
額だけならゾッとするが、僕自身はその対価として非常に大きいものを受け取った、エンジョイできたと感じているため、悔いは勿論ない。
では、一体何を買ったのか?実をいうと、『買った』という表現が少し不適切かもな、と。
7万円分、メシをご馳走したのだ。
だが、その時間も、食った飯の美味さも、楽しそうな様子も・・・。ボーナスの残りの大半を吐き出してしかるべきくらい、僕には『価値』があった。
・・・そしてふと思ったのだが、最近のお金の動きって、顕著に変化してるよな、と。今日はそんな気付きを書いてみようと思う。
『ステータス』に『価値』はあるのか?
もはやネタだと思うのだが、一時期若者の『~離れ』が盛んにワイドショーに取り上げられていた。
ネタにマジレス感はあるのだが、『若者離れ』が顕著とされる数々の特徴を分析していくと、僕らが何から離れてしまったかが見て取れる。
もちろん上位互換の登場とか、プラットフォームが変わっただけとか色んな区分はあるけれど、一番目を引くのは『ステータス系アイテムの衰退』だ。
昔は今より価値観が狭量で、『金は無ければダメ』で、『学歴も高くなければダメ』で、ついでに『背も高くなければダメ』とされていた。
逆に言えば、『俺は金あるぞ!学歴あるぞ!背が高いぞ!』というのを喧伝するには、アイテムにそれを語ってもらうのが一番早いという論理になる。
だからフェラーリとかレクサスとかロレックスとかアルマーニとか、聞いててクラクラするアイテムたちが過去にはバカ売れしていたのだ。
・・・だが、今の価値観はもっと自由だ。
もっと言えば、『金持ち』以外の豊かな生き方が可能になったし、そもそも今の時点で別に暮らせるくね?と満足する人も増えたのだ。
例えば『年収1000万円』って人と、『フォロワー50万人』って人は、同列に『豊かか否か』を語るだけ不毛である。
ブランド物は無くても生きていけるし、お金持ちだけが勝ち組ではない。こんな風に、僕は当事者として、『ステータス系アイテム』に関する価値の激減を感じてしまう。
・・・では、今の人たち(もっと言えば僕たちより若い世代)は、何に金を落とすようになったのか?この辺は、思い当たるフシがあるのではなかろうか。
これは確かに今の4~50代の人からは理解ができない分野になっていくのだが・・・。僕はある意味『自然』に感じているので、違和感はあまりない。
そのキーワードは『感情』。次はこれについて書いていく。
『好き』が生むおカネ。
どこに金が落ちているかは、誰が一番稼いでいるかに目を向けたら見えてくる。
今一番わかり易いのは、YouTuberを始めとする配信者ではなかろうか?だが、他にもまだまだ、山ほどいる。
世間では嫌われているはずの人なのに、フォロワー数が数十万いる人。作品名を聞いたことが無いのに、熱心なファンに支えられているアーティスト。
これらもまた、価値ある何かを提供できているからこそそうなっている証だと言える。
―一言で片づけるのは難しいのだが、共通点はある。例えば、全員が個性的だ。そして、強いメッセージをバンバンと発信する。
そして、熱量が高い。面白そうな何かを常にやっているイメージがある。当然批判や非難も食らうのだが、そういう存在など無いかのように、自分のことを楽しんでいる。
この人たちは、こういう言動を通じて、一体何を提供しているのか?これを突き詰めると面白い話が見えてくる。
一言でまとめるのは難しいので雑多に書き散らかすと、例えば自分と同じ考えを持って、そうじゃない人と戦ってくれる『代理戦争』。
ゲーム実況・生配信を通じて、苦しい時間と報われた瞬間という『感動』のシェア。
単に、面白いコンテンツを提供してくれることへの『シンプルな感謝』。
或いは、有名な配信主に、高価なアイテムを送って目立ちたいという『自己顕示欲』。
―つまり、『感情に根差すところ』に金が落ちているという印象だ。
こないだまた逮捕された某迷惑系YouTuberも、実はファンが多いのだという。多分これのカテゴライズは、常識や社会に対する『代理戦争』かな、と。
こう考えれば、例え壮年期の方々やお偉い学者さん・評論家にそっぽを向かれても、別の所で価値を生めれば確実にファンができ、お金も入ってくると言えそうである。
キーワードはやはり、『個性』と『熱量』。僕もまだまだ善悪を通り越してまでハマれるものには出会ってないが、その努力は怠らないようにしたい。
まとめ。
もっと言えば、『満たされない心』を埋めてくれるものに、今人は財布を開くのではなかろうか。
そしてトータルで見れば十分豊かである今、『フェラーリ』ではなく『友人との飲み会』の方が心が満たされるって人は、想像に難くないが増えてきているのだろう。
一人一人が分断されやすくなったからこその繋がり。なんかこう、今一度見つめ直されるべき深いテーマな気がしてならない。
これが行き過ぎれば、例えば『○○円で○日だけお嫁さんでいてあげる』みたいな権利がバカ売れするかもしれない。批難は出るだろうが、読めない流れではない。
今やバーチャルの世界の初音ミクと握手だってできるテクノロジーがあるのだ。何がどう心とニーズを満たすか、今から10年後を読むのは不可能である。
だからこそ、今の内から強くアンテナを張っておく意識付けをしておかねば、あっという間に周回遅れになるのは間違いない。
そんなことを強く考えさせられた、7万円奢り事件であった。
では今日はこの辺で。