今日を乗り切れば超久しぶりの連休なのですが、ついに言葉が上手く出てこなくなりました。疲れすぎィ。中元です。
さて。今日は、時たま聞かされるけど、なかなか納得をしきれない組織における教訓について記事を書いてみようと思う。
それは「上が休まないと下が休めない」というものだ。
どういうことかというと、「その組織のトップが誰よりも働くと、その下についた人間は、心理的に休めなくなる。結果チームが疲弊する」というものだと思う。
これはこれでなるほどと思えそうなものだが、ホンマかいなという思いも、なかなかキレイにはぬぐえない。
ってことで今日はこのロジックについて、あれこれ考えてみたいと思う。
組織のトップが休むことを優先すると、何が起こるのか?
率先して休むことを優先する、国も存在する。例えば以下のアンケートを読むと、日本の労働観はどうなのかなぁと思えて仕方がない。
※ちなみにそこで書かれている理由として、「休むことへの罪悪感」のインパクトがマジ強い。
そんな状況なので、確かに「休むことは悪ではないよ」と、上の立場の人間が率先してその姿勢を示すのは、なるほど悪いことではないように思える。
―とここまで書いたところで、「いや、ふざけんなよ!」と思われた方は何人いただろうか?
そう、このロジックは、あることをしていないとただの詭弁と化してしまうのだ。そしてそのあることとは、なかなかに厄介なことでもある。
次はそんなお話。
それは工夫か丸投げか。
「上が休まなければ下が休めない」という組織論の前提となるものは、上の人間がいなくても回るシステムが構築されているかどうかである。
これもなく、「俺が休まないと休めないよね」とばかりに堂々と休みを取ると、多分部下からの恨みを買いまくる。
例えばこないだ、とある方が有給を取るため、僕が猛烈に働いた。代打探しから顧客への説明、さらに電話をチョチョイとイジり、連絡がいかない配慮までしたのだ。
しかしこの状況は皮肉なことに、上が休んだ結果下が休めないというキレイに真反対な結果になっちゃってるよなぁ、と。
思うに、下が休むために努力しなきゃならないのは、上の人である。休みがとりやすいシステムを作り、価値観を広め、休みに仕事が入らないよう徹底して配慮する。
これをガン無視していると、ぶっちゃけ休むのがバカバカしくなっている。実例として、僕の友達がこないだ、酒の席でブチ切れていたエピソードを紹介しよう。
友達が家で有給を取って休んでいたところ、上司から電話が掛かってきたという。話を聞けば、顧客からちょっとした相談の電話が会社にあったそうだ。
しかしその後に、「今すぐ折り返し連絡させるように伝えときますんで、って言っといたから、至急連絡して」と言って、電話を切られたのだという。
その無遠慮さに友達がご立腹であった。「なぜ『彼は休みを頂いていますので、明日の返答でもいいですか?』って配慮ができないのかなぁ??」という風に。
ー確かにこういった矛盾点を一個でも示しちゃうと、「上が休まないと・・・」という論理は大変空虚な言葉に聞こえてきてしまう。
俺の休みは尊いが、お前のは違う。
ーそんなメタを伝えてしまいそうなことは、やはり言わない方がいい。休みを取らせたいのなら、他者のそれも尊重しなければダメだ。
「おい、休めよ」という声掛けは、マジで何の解決にもならない。そうじゃなくて、組織として欠陥はないか、当人が謎の仕事を抱えてないかを把握するところからだろう。
マネージャーの人の労働時間より、部下の労働時間の平均値が長いとき、その組織の士気は低いとみてまず間違いがない。これは結構強く感じることだ。
まとめ。
「上が休まないと下が休めない」というロジックを標榜しながら、部下の休日や時間に配慮は一切しない。
こんなことを繰り返せば、「お前がサボるから俺らが休めないんだ」という不満に、いずれ遠からず到達するだろう。
一人抜けても数日はカバーできる組織作り。そして休みを尊重する価値観の普及。手を付けるべき問題は山積しており、しかも一筋縄では絶対にいかない。
ぶっちゃけ単に自分が休みたいって思いが強いのなら、それはそれで結構なので、「上が休まないと下が休めない」という耳触りの良い言葉で言わなければ良い。
休み一つとっても、かようにデリケートなのである。
ってことで今日はただの愚痴になっちゃったけど、この辺にしときやーす。