僕はネガティブだけど、それなりに充実した人生を生きたいと思う。

ネガティブすぎて人生を浪費した結果、見えるようになった世界を言葉にしたい。

学校の道徳で習うことに一つ、真に受けすぎない方が良い教えがある。

食欲は無いのに、口にしたら呑み込める不思議な生き物になった気分、中元です。

 

はい。今日のテーマなのだが、ネガティブで自分に自信が無い人にとって、あまり真に受けて拗らせるとよろしくない道徳の教えがあると気づいたので、紹介する。

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それは、「絶対に他の人には良いところがあるので、それを見つけましょう」というものだ。

 

今日はそれのダークサイドについて、以下書いていこう。

 

 

自尊心が低い人は、この教えをこう解釈する。

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何が問題なのかという話だが、上記のセリフを自尊心がバカみたいに低い僕みたいな人は、下手すれば以下の通りに解釈してしまうのだ。

 

「絶対に他の人には良いところがあるので、それを見つけましょう」

 

 

一見そう思えない人にも絶対にあるので、それを見つけましょう」

 

 

「見つけられないとしたら、あなたの器の問題です」

 

みたいな。もはや病気なのだが、ある種僕らの思考は病気なのだ。結局自責にもっていくのが非常に得意。だからこそ自分を尊敬することができないというわけで。

 

さて。こういうマインドセットが起こると、必然的に、わけのわからない言動をする人も、理解しなければならない対象という風に思いこむことになる。

 

例えば店員に対して超横柄な態度に出る人も、なぜそうするのかを考えて、その気持ちに寄り添わなければならないといけない。そういう風に。

 

理解できない行動をする側が悪いのではなく、それを理解してあげられない自分が悪。ネガティブが落ち込んでいく過程は、いつだって誰だって似通っている。

 

難癖をつけられたとき、自分に非があったと違いないと妄信し、粗探しをするうちにメンタルを病んでいく過程ともそっくりだ。

 

僕にもそういう時期があったが、今はさすがにいい年なので、病的なメンタルからは卒業しているが・・。

 

似た考え方をする中高生は結構多い。仕事柄よく相手にするだけに、見ていてもやもやしてしまう。

 

一番いいのは、「アホはアホ」として相手にしないことなのだが、結構それも難しいと考える人は、割と多いことだと思う。

 

ってことで今度は、僕がたまに試している、この辺のマインドを疑似的にスルーへ近づける心構えを紹介したいと思う。

 

オススメは「勝手に理由をつけちゃう法」

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それは、「勝手に理由をつけちゃう法」だ。

 

わけのわからない言動で迷惑をかけられたとき、なんでそんなことをしたのか、こっちで勝手に決めてしまうというただそれだけである。

 

例えばこないだ、高速道路で割と高級な車に煽られて、車線変更を強制されたことがある。これだけだと単にムカついて終わりだが、僕はこう考えた。

 

「きっと、う〇こが漏れそうなんだろうなー。次のSAまで頑張れ!!!」

 

・・・そう思うと、ただのDQN健気な小学生に思えてきて、微笑ましいとさえ感じてしまった。精神は平和だ。

 

これはあちこちで応用が利く。例えばクレームをつけられたら、「暇なんだろうな」とか「競馬で負けたんだろうな」と勝手に思っておけばいい。

 

コツは、なるべくユーモアある方に考えることである。それさえ守れば、目の前の事象さえ説明できる限り、理由などなんだっていい。

 

アホは暇な分、やり返すと長い間粘着して、何十倍にでもして返してくる存在なので、相手にしない方が長期的に見てダメージが少ないのだ。

 

・・・ちなみに、日頃からそういう器がちっちゃいことを繰り返す人たちは、オフラインでも友達がいないという哀れすぎる報告がある。

yuchrszk.blogspot.com

 

それか肩書などを自己演出の恩恵でうまいことゲットできても、最終的にはどっかで蹴落とされるリスクがめちゃくちゃ高いということも示されていた。

 

相手にしなければ、いずれ自滅する。粘着されたらされたで、証拠を集めて然るべきところへ預ければOK。

 

そう思えば平和な世界だなと思うのだが、いかがでしょ。

 

ってことで今日はこの辺で。

 

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