僕はネガティブだけど、それなりに充実した人生を生きたいと思う。

思いはするけど言いはしない、ネガティブと向き合い続ける胸の内を吐き出すブログ。

原始的だけど、【腹を括る】と大抵の物事は進みますね。

寝る前に腹いっぱい、結果脂っこいものを食べたら翌朝ゴミでした。学ばない30歳、中元です。

 

はい。今色々、仕事に関してメンタルを殴られるような衝撃が連続している。まぁ簡単に言えば、更新手続きのタイミングで、「やめますわ」と関係が終わる的な話だ。

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こういうパンチを食らうと、それが怖いのでお伺いを立てることが億劫になる。しかしこの辺のケリを一つずつつけていかないと、仕事が終わらなくなる。

 

さいとうひとりさんの言うところの、「神様からの落第が許されないテスト」ということなんだと思う。立ち向かう以外の選択肢は、やはりないのだ。

 

そしてこういう億劫にして後回しにすることは、多分正解ではない。なぜなら、全く楽にもならないし、解決もしないからである。

 

ならば手を変えるしかない。そこで僕が決めたのは、超古典的にして、基本的なマインドセットをすることである。

 

それこそタイトルの通り、【腹を括る】である。

 

結果今のところ、今までよりはマシな風に物事が動いているので、及第点は貰えるんじゃないかなと考えているわけで。

 

ってことで今日は、それに関するお話です。

 

 

とりあえず、もう「やる」と決めてしまえ!!

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ぶっちゃけ自分との問答になるのだが、「もういい、やる!!」と吹っ切れることにしたら、実際に行動を起こせるようになった

 

先延ばしして、クヨクヨして、仕事が何にも終わらず、結果何も楽しめない状況に飽きたという方が正確かもしれない。でも、行動してるから、その辺の裏はどうでもいい。

 

暑苦しい根性論に聞こえるかもしれないが、不思議と「やる!!!」という方向に決めてさえしまえば、思考が完全にそっちを向くものなのだ。

 

思えば、今までだらだら延ばしてボヤ騒ぎになってた頃って、状況が改善されることを期待し、結果「やらない」ことを正当化することに終始してきた気がする。

 

だがそれが、本当に好転し、いい風に巡り巡ったことって、振り返れば数えるほどである。しかもそん時は明らかに、そうした方が良いとわかる予兆があった。

 

そういったサインが無い限りは、基本正直一番正々堂々、真正面から挑むしかないってことなのだろう。

 

この課題を乗り越えない限りは、今のステージで延々と燻ることになる。そんな人生、ゴメンだぜ。とっととここから卒業したい。昇格したい。

 

そのための乗り越えるべき、そして自分に乗り越えられるはずの壁なんだと理解した瞬間から、結構やる気が出てきた。

 

そんなわけで、好きじゃないと何度も言ってきた根性論めいた考え方だが、一応正直な気分はこうなんだよってことで書いておく。

 

最悪の事態は、「おきねーし」と楽観せず、「おきたらこうしよう」と冷静に対処法を考えておこう。

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尚、最悪の事態が起きたらどうするかという不安に、どう向き合うかは、それこそ千差万別、人によりけりだと思う。

 

例えば「そんなん、起こるかバカ」と一笑に付すってのが性に合う人もいることだと思う。実際、そういうタイプは結構多い。

 

だが僕は、たとえ1%でも、起こる可能性がある以上不安が消えない豆腐メンタルである。いくら自分で自分を説得しても、「でも・・」という反発が湧いてくる

 

そこで最近試しているのは、「最悪の事態が起きたとして、どうするかを用意しておく」という思考実験である。

 

例えばクレームが発生したら、こう謝ろう、こう代替案を出そう、という風に。僕にとっては、そうやってドライにシミュレーションした方が、よっぽど心が穏やかになる。

 

しかもそのシミュレーションの中で、「じゃあ事前に、交換条件としてこれを提示すればよくね?」と言った風に、新たなヒントが得らえることもしばしばだ。

 

最悪の事態を起きないことと切り捨てるのが難しい人は、シミュレーションゲームと考えて頭の中で展開するのはどうだろうか

 

ただし際限がないので、15分程度にタイマーを設置し、紙に書き出しながら行うことを推奨する。

 

終わりに。:死ぬこと以外かすり傷。

 

去年自分と関係ないところからのクレームを色々と食らい、良くも悪くも心が鈍くなってしまったことは、いつぞや記事にまとめたところである。

 

それでやっぱり思うのが、大抵のことはかすり傷だなという悟りだ。くしくも、2年前に貪るように読んだ本のタイトルと同じだ。

 

僕は今まで、無条件に他者を自分の上に置き過ぎていた。でもま、残念な人って中にはいるし、その人を残念と思うことは悪でもなんでもないなと、今ならよくわかる。

 

今度はそれを、行為に対して抱けるようになれってことなんだろうな。行為のハードルを無条件に上げ過ぎない。冷静に、あるがままにみる。

 

そして時には見下して考える類は友を呼ぶのなら、俺はこいつと同類と呼ばれるのはヤダ、だから嫌われてもいいや。それくらいの抵抗はしてもいいでしょ。

 

ってことで、これを投稿したらすぐ、仕事に取り掛かりましょうかね。ってことで今日はこの辺で。

 

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