僕はネガティブだけど、それなりに充実した人生を生きたいと思う。

ネガティブすぎて人生を浪費した結果、見えるようになった世界を言葉にしたい。

厨二病の正体。それは、【努力】せずに【特別】になりたい者が見る夢である。

仕事が片付くと不安になる病患者の中元です。もう慢性化しているので、治ることなど期待しておりません。

 

はい。仕事柄、特に中学生と接していると、「あぁ、少し拗らせてるな・・」と失礼ながらも思ってしまうタイプを散見する。

 

行動・発言は十人十色だが、僕自身もなまじクソこじれ倒した中学生だったので、その真意が自然と透けて見えてしまう。

 

「なるほど、【特別】になりたいんだな」

 

今日はそこに感じる違和感と悲しみをテーマに、エッセイみたいな形式で書いてみようと思う。

 

 

「優越コンプレックス」というダークな心理について。

 

その心理を紐解いていく際に外せないのが、「優越コンプレックス」という心理状態だ。これは言わば、思考の癖といってもいい。

awajifishing.com

 

簡単に言えば、心のどこかで強い劣等感を感じているがゆえに、他者に対し根拠のないマウントを常に取ってしまうというものだ。

 

例えば、「俺はアイドルの誰それに会ったことがある!」という謎の報告もそうだ。その裏には、「そんな俺、すごくない!?」という虚栄が潜んでいる。

 

あるいは、テストで良い点を取ったやつに、「あの子の方が高かったよ!」という余計な一言を伝えるタイプもそうである。

 

とにかく、自分が注目されず、一方で誰かがちやほやされる状況に強い抵抗を抱いてしまい、なぜかその光景を容認することができないというわけだ。厄介である。

 

僕もそのケがあったので、今すぐ頭を掻きむしりながら布団を被りたいくらい胸の奥がずきずきしているのだが、ぶっちゃけこれは思春期なら一度は経験する何かである。

 

勉強、部活、容姿、家柄。可能性は無限大だと思えていた自分に、どうやらそうじゃない部分があると気付き始める時期

 

こんな辛い現実、スッと受け入れる方が難しい。むしろ、これを素直に認めて、努力の性質を変えられる方が大人過ぎて違和感がある。

 

大抵の中学生は、この現実がうすうすわかってきたあたりから、段々と自問自答を繰り返すことになる。さながら碇シンジである。

 

【特別】ではない自分を認められない。【特別】でないことに価値なんてない。なんとしても、【特別】でなければならない。

 

でも努力したって、才能のない自分は、他者に勝てないことなんてわかっている。どうすればいい?どうすれば、それでも俺は【特別】になれる・・?

 

努力なしに【特別】を目指す。精神年齢が高い人から見れば、呆れてモノも言えない浅薄な帰結だが、実はこれを達成することは不可能ではない

 

だが、やはりどうしても、どこか薄っぺらい、仮初のそれになる。だから、他人からは冷笑されることになるだろう。

 

しかし、本人はなかなかそれに気づけない。それによって心が満たされるため、あたかもそれが無条件で正しいことのように、錯覚するためだ。

 

そのために採る行動、使う思考のことを、人は厨二病と呼ぶ。本来は単にネットスラングに過ぎないのだが、"病"と評することは、言い得て妙だと思う。

 

続いてはそんな悲しすぎる取り組みについて、紙幅を割きたいと思う。

 

努力したくないけど、【特別】になりたい!

 

 

ここでいう【特別】をどう定義するか。僕は、その人が持つ価値ゆえに、みんながその人の一挙手一投足に【注目】している状態だと考えている。

 

例えば、イケメンや美女は、それだけでみんなから憧れられる。不良もどこか、危ない魅力を放ち、注目を集める。秀才もまた、成功モデルとして皆から羨ましがられる。

 

こんな風に、【特別】と【注目】は、言わば同時に達成されることのように見えてくる。記号で言えば=で結べる二語という風に。

 

そう考えれば、【特別】ならば【注目】されるという命題は、疑いようもなく「真」という風に考えてもよさそうだ。そして、そう考える人は、僕含めて結構多い。

 

しかし、【特別】とは、才能や努力で裏打ちされた価値である。だが自分に才能はないし、しかも努力する覚悟さえない場合、どうすればいいのか?袋小路ではないか。

 

・・・実は一つだけ抜け道がある。特別な努力を要しない手段を使って【注目】を集めることで、【特別】を演出するのだ。

 

ではその手段とは何か?実は漫画やアニメを見れば、次から次へとアイデアを拝借することは全然難しくない

 

そこに登場する魅力あふれるキャラクターたちを【特別】たるものにしている言動、思考、設定。それを拝借すれば、そう、僕だって・・・・。

 

だから、使う。まず、言い回しを真似する。ワザと大げさにカッコをつける。髪型も見様見真似で真似をする。先生にバレないよう、インナーに柄物を着る。

 

そうすれば、みんなが自分に【注目】してくれた。面白がってくれた。うれしい。だから、もっとそうしよう!!もっといろんな人に発信しよう!!

 

面白い話は、作ればいいんだ。多少の嘘だって、ついていいんだ。僕は昔、ワルだった設定にしよう。だって、【特別】になりたいんだ

 

ーという風に。油断したら、涙が溢れてきそうである。努力をせずに【特別】になるには、様々な小技を駆使し、【注目】さえ集めればいいのだ。

 

調理実習でワザと指示に背いて無茶苦茶な料理を作ったり、テストの答案に面白回答ばかり書き込んでひどい点を取ったり。空っぽな努力。でも大抵、本人は報われる

 

そうすることで、【注目】されるからだ。先生に怒られて、悲惨な成績になろうと、同級生は笑ってくれるからだ。だがそこに、リスペクトは絶対に無い

 

身を削り、【注目】されど、尊敬はされないし、努力もしない。それを繰り返せば、待っているのは、道化としての自分しか認められない、悲しい未来だけかもしれない

 

優越性を示すことに呻吟し、偽りの設定ばかりを考えてくっつける。厨二病とは、精神だけではなく、未来そのものをも侵食する遅効性の毒みたいなものだ。

 

そういう最悪の例が浮かぶばかりに、ピエロとして注目を集め続ける生徒を見ると、胸の辺りが締め付けられてしまう。この子の悲しい未来は防げないのか?

 

ー実は、方法はある。それは、特効薬を使うことだ。そうすれば、大抵そういった儚すぎる自己愛は、一発でぶっ壊すことができる。しかし、簡単な話ではない

 

その特効薬は、劇薬という形でしか存在しないからだ。下手すれば、年単位で立ち直れないほどのダメージを負うことになる。

 

だが、進行した厨二病は、そうでもしないと止まらない。時計の針を逆に進めることには、高い対価が必要なのだ。

 

ということで今度は、その特効薬について書いていこう。

 

最高最強の特効薬、それは「挫折」。

 

自分は【特別】、だって【注目】されているのだから。そのこじれたマインドを破壊するために必要な特効薬。それは、「挫折」だ。

 

自分に価値も才能もないと、骨の髄から理解するあの瞬間。「挫折」が持つパワーは、かなり強いし、僕も二度と経験したくはない。

 

しかし厨二病が進んでくると、大抵は自信を持つようになる。実力があると錯覚するようになるのだ。喧嘩にも勝てるし、可愛い子とも付き合える、という風に。

 

だが現実は、そんなに甘くない。喧嘩は相手を選べばなんとかなるかもしれないが、心を向けさせるとなればそうもいかない。

 

道化を面白がる感情は、恋愛的な好意とは完全に別物なのだ。俺で笑ってくれるから、きっと俺のことが好きなんだなんて、吐き気がするほど薄っぺらくてたまらない。

 

だが、この空虚な自信を持っているときが、特効薬を手に入れる最大のチャンスなのである。

 

いっそ殴り合えばいい。いっそ告白すればいい。大抵は悲惨な結果になり、自分自身に価値がないことを、これ以上ないほど直接的に知ることとなるのだから。

 

そうして強制的にでも地に足が着いた状態になれば、人は考える。なんで、どうして、という風に。その状態で道化を演じるのは、あまりにも辛い。

 

辛いからこそ、いわゆる【価値】に真剣に向き合うことになる。また、【努力】についてもそうだ。こういう場所にいることを、地獄と定義する人もいる。

 

なんなら、人は地獄で磨かれると考える人もいる。実をいうと、僕もそっち派であり、上手くいった瞬間より、そこまでの苦労の方が、自分の能力を上げている気がする。

 

さて。ずっと求められる像を演じ、注目されていたのに、望む結果が得られなかった。となれば、何かが間違っているということだ。

 

努力を避けたこと。道化に徹したこと。笑顔を行為と解釈したこと。人が唱える「いいこと」を、無条件でいいことという風に考えたこと。いろいろだ。

 

そうやって考え続けると、ふと【価値】や【特別】という言葉のアホくささに気付く時が来る。

 

かくいう僕は、その領域に辿り着くまで、生まれてから25年以上も必要だった。皆様はもうちょい早く悟っていただけることを願ってやまない。

 

ーということで、自分でその答えに辿り着かない限りピンとこないのだが、次項では僕が考える【特別】のアホくささを、なるべく言語化してみようと思う

 

【特別】とは、ある領域内の勝者に過ぎない。

 

この辺りを紐解いていくために、まずは辞書ではどう定義されているかから、ちょっと回り道してみよう。

 

意外でも何でもないのだが、【特別】という言葉には、実は"優れている"という意味は、そこまで入っていないようなのだ。

 

他との間に、はっきりした区別があること。他と、はっきり区別して扱うこと。また、そのさま。

 

dictionary.goo.ne.jp

 

どちらかといえば単に「別ジャンルに分けておいた方がいいよね」というくらいの温度のようで、褒めちぎりたければ『別格』などの方が適切のようだ。

 

ーでは、英語だとどう定義されているのだろう。例えばすぐに浮かぶのは、「special」である。見てみよう。

 

something that is not usually available but is provided for a particular purpose or on one occasion

「意訳:普段は一般的に使用されることはないが、特定の目的や、一度きりの機会において、用いられるもの」

 

www.oxfordlearnersdictionaries.com

 

という具合。なるほど、ここにもやはり、「優れている」意味は感じない。何なら、特定の状況下においては、「安く提供された商品の呼び方」なんて意味もあった。

 

(スペシャルデーとか、特売という言葉を考えたらピンとくるのでは?)

 

これらを考えると、拗れた人たちがいう「特別になりたい」の真の意味は、競争に勝ってチヤホヤされたい、というところじゃないかと思う。

 

つまり、他者と何かを比較して、上回っているという感覚が欲しいだけ、ということだろう。なるほどなるほど、ただのめんどくさいヤツである。(失礼!)

 

もちろんこの心理をうまく使えれば、学力だって上がるし、スポーツだってガンガン上手くなるだろう。競争心理そのものを否定する気はない。

 

だが、ある程度で見切りをつけないと、比較は心を蝕んでいくことはよく知られた話である。特に、なんだかんだで勝ち続けてきた人に、そのリスクはある。

 

常勝。それは単に、偶然、あなたが属していたコミュニティに、あなたより秀でているスキルを持つ人間がいなかった、というただそれだけだ。

 

地方リーグで敵なしのチームは、全国大会という枠組みに参入した瞬間に葬られるのと同じだ。地方公立の秀才も、世界の学校から見れば劣等生かもしれない。

 

それに、過去にも天才はいたわけだし、未来となれば、どんな才能が出てくるか、想像さえできない。いったい、勝者とはなんなのか?

 

頭がいい人。イケメンな人。さて、勝者はどっちなのだろうか?どうだろう、そろそろ猛烈にくだらなくなってきたのではなかろうか

 

結局考え方次第で、勝者だし敗者なのだ。今この瞬間にも、あなたより頭がよくて見た目もよくて運動ができる人が、何かに悩んでるかもしれないのだ。アホくせぇ。

 

これと同じことだ。結局、【特別】かどうかは、定義次第なのだ。特有のDNAという目線で考えれば、あなたは生まれながらにして唯一無二の存在だ。

 

しかし人間というジャンルで括れば、あなたは70億人以上いる中の一人に過ぎない、という風に。

 

ーさて、そろそろ見えてきただろうか?基本、【努力】せずに【特別】になりたい者が厨二病を拗らせている理由は、この部分に潜んでいる

 

その定義づけを他者に委ねているからだ。"誰か"に【特別】と思ってもらうため、道化を演じ、自分を犠牲にして笑われているという話。

 

しかし、得てして、自分に興味があるのは自分だけ、というのが人間社会の真理である。誰かの顔色を窺い続ける限り、ろくなことは本当にない。

 

その一例こそが僕だ。みんなが良いと言っているから、彼女を作ろうとした時期もある。みんなが尊いと言っているから、手柄を吹聴せず隠した時期もある。

 

だが結局、そんな他者定義の理想など、クソばっかりだった。そこに投資した時間やお金のリターンは、「ツマンネ」という感覚、以上であった。

 

つまるところ、【特別】になりたければ、他者のいう【特別】を追いかけている限り、どだい無理ということなのだろう。

 

世間の才能豊かな人たちを思い浮かべてみるといい。突き抜けた人たちは、全員誰しも、何かが常識から外れている。だからあの域に行けたのだと思う。

 

では、具体的にどうすれば、そこへ辿り着けるのか?実は今、何年も何年も考え続けてきて、僕はやっと、その端緒を掴んだという段階に来た気がしている。

 

最後に、厨二病をなんとか乗り切って、少なくとも制御はできるようになった今考える、本当に【特別】になる方法の仮説を、頑張って書いてみようと思う。

 

終わりに。:【特別】になるためには。

 

【特別】になるためには、とにかくいくつ、自分の中に"and"を作っていくかにかかっているこれが現時点での、僕の仮説だ。

 

例えば、手前味噌ながら英検1級という資格はよく「すげー」と言われるのだが、実は毎年2500人くらいは合格しているようである。

english-navi.biz

 

その中には中3や高1で受かっている天才もおり、その才能に比べれば、僕なんて塵芥に同じである。(実際、それを引き合いに余計なことを言われたこともある)

 

しかし、ここに"and"を加えると、話は色々と変わってくる。実は英検に関することだけでも、僕は結構トリッキーなことをやっているのだ。

 

人生初英検は英検準1級で、一次も二次も一発合格、ついでに1級一次試験まで一発合格である。(二次試験はセカンドチャレンジでクリア)

 

さらに言えば、留学経験は1分も無いし、英語圏の国に行ったことさえない。これらすべてを満たす人間となれば、価値があるかどうかはさておき相当レアだろう。

 

・・・話は変わるのだが、僕は初級システムアドミニストレータという謎の資格に高校2年生の頃、受かっている。ちなみに通っていた高校は普通科だし、文系だ。

 

―ここまで"and"を重ねたらどうなるか?そう、それを満たす人間はもう、この世にただ一人である。(いねーと思うけど、僕を知っている人が上のヤツをみたら、即身バレする)

 

【特別】になるヒントはここにある。要するに、色んなことをやればいいのである。1点突破しようとするから、競争に飲まれて挫折するのだ。

 

もちろん圧倒的な才能がある自負があるならその限りではないのだが・・・。まぁ、これ以上とやかくは言わない。

 

さて。そうやって自分の中で80点のネットワークを作りまくっていくと、勝ちとか負けとかさえ死ぬほどどうでもよくなっていくから不思議である。

 

「あの人の方が釣りが上手だよ!」とか、「あの人の方が楽しそうにキャンプしてた!」と言われても、「だからなに?」という返ししかできないように。

 

やはり【特別】とは、突き抜けた才能、圧倒的な勝者ではなく、"and"を繰り返して唯一無二の存在へ近づいていくことだと思う。

 

ベン図でいう【A⋀B】を、どんどんと点に近づけていくイメージ。そのためには、楽しいこと、興味のあることにガンガン挑むことが必要不可欠となる。

ベン図の意味と一般化|思考力を鍛える数学

 

つまり大事なのは、競争に勝つという野心よりも、生まれ持った好奇心なのかもしれない、ということだ。

 

競争と探求。どちらの方が自分が幸せか、一度考えてみてはどうだろうか。

 

ということで今日はこの辺で。

 

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