僕はネガティブだけど、それなりに充実した人生を生きたいと思う。

思いはするけど言いはしない、ネガティブと向き合い続ける胸の内を吐き出すブログ。

【ジーンより】30歳の性嫌悪、その症状と思考。【ミームを】

5000円出して新しいキーボードを買ったら、かなり使い易くて嬉しい誤算です。中元です。

 

はい。今日なんですけど、いきなりどうでもいい話からなんですが、僕は今年で31歳になります

 

結婚適齢期的に言うと、割と良いトシなんですよね。しかしながら・・・。

 

タイトルにもちょっと書いてんですけど、性嫌悪症ってやつがですね、全然治らないどころか、増々こじれてきてまして。

 

この症状は当然僕特有のものなんてことはなく、ネット上で探せばたくさんの体験談が出てきます

 

なので正直何百番煎じなのですが、このこじれ倒れてきた僕自身のメンタルについて、実体験も織り交ぜつつ、今度はしゃべりで残しておきたいと思います。

 

 

そもそも、性嫌悪ってなに?

 

そもそも【性嫌悪症】をご存知ない方も多いと思うので、まずはどういったものか簡単にご紹介しておきます。

 

これは、いわゆる集合体恐怖症であったりピエロ恐怖症であったりといったものの、性的な物バージョンだと捉えていただければ大丈夫です。

 

例えば、トライポフォビア、つまり集合体恐怖症を持ってる人が、ツブツブしたものを見て「うわっ・・」って思うのと同じ反応を、僕は性的なものに対して抱きます

 

ただし、どこから嫌悪感を持ってしまうかについては、その線引きが僕の場合、極めて曖昧でして。

 

まず最初に自覚したのは中学2年生の時の、保健体育の教科書です。第二次性徴とかそういったところの説明で、裸のイラストが出てくるじゃないですか?

 

その当時、それが猛烈に嫌で、直視できなかったんですよ。本来エロが爆発する思春期にはあるまじきリアクションですよね。

 

このリアクションは今に至るまであんま変わってなくて・・・。もちろん、なんか好きなパーツとか衣装とかそういうのはあるのですが、距離が近くなればもうダメです。

 

仮に僕の好みの要素全てを兼ね備えた存在が僕の目の前に現れたとしても、残念ながら嫌悪感が勝っちゃうんですよね・・・。

 

以前、僕自身の好きな要素を全部詰め込んだ人が、コンビニにいたんですよね。確かに一瞬は確実に、心が惹かれたのですが・・。

 

ほんと一瞬で冷めて、「ただの人間1人」どころか、感想すらすぐに持たなくなっちゃったんですよねー。

 

おそらく僕は性嫌悪症と同時に、いわゆるセクシャリティと言う、長続きする恋愛感情みたいなものをそもそも持たないタイプなんだろうなって、同時に感じてます。

 

ただある意味、こういう背景があると考えれば僕自身色々納得する現象は結構多いです。

 

例えば、遠くから見たら猫可愛いって言う人でも、近くに寄ってきたら怖いとか、抱っこできないとか、結構普通にある話じゃないですか?

 

僕の症状はこれに近いです。確かに魅力的だなと思うことってあるんですが、そういった存在を身近に置きたいかとか特別な関係を結んで独占したいとか、無いです。

 

ぶっちゃけ、年が年なので、最近お見合いであったり紹介だったりという縁談がちょこちょこ増えてきたんですよね。

 

その都度僕の返事は決まってて、「死ぬほどどうでもいいっす」という風に、面倒なので言葉さえ選ばずに断っています

 

さっきもちょっと言ったんですけど、僕は【ジーン】を残すこと、つまり自分の遺伝子を後世に残すことって、ぶっちゃけもう諦めてまして

 

残すのであれば、ミーム】という自分の考え方とか、そっちの方が性に合ってるって感じです。

 

まぁ、僕の価値観や思想が残すに値するミームになれるかどうかは、今後僕がどんな人生を送るかにかかっているのですがね。

 

「教」と「育」は切り離して考えたい。

 

では、そんな僕が果たすべき役割ってなんなのか?大袈裟ですが、最近時々、そんなことを考えます。

 

そして今んところは、積極的な育児世帯への支援こそがそうだと思っています。正直言って、僕は【教育】という言葉を一括りに考えるのが好きじゃないんですよね。

 

何なら、【教えること】と【育てること】は別々のスキルだと考えています。そういった負担を各家庭にぶん投げるのって、ちょっと酷だよな、と。

 

例えば、僕らがまだ農耕民族だった頃ってのは、集団における子供の扱いは、集団に属する財産という感じだったようです。

 

だからこそ、多様なスキルや価値観は自然とわるし、逆にそちらを他人に任せることで、両親にしかできない児に集中することもできたのではないかな、と。

 

こういう風に切り分けて考えれば、僕は少なくとも、育に全く向いていない人間です。結婚とは、無条件で人生を半分他者にあげることだとしか考えていないほどです。

 

だからこそ、僕は僕がもつスキル無いし資本を使って、誰かを教えることで貢献がしたい。最近段々と、その方向で価値観が固まっています。

 

実際、数年前に立て続けで、付き合い長い友人と僕の弟に子供ができたんですけど、金銭的な支援や、遊びを企画するといった精神的な支援には、積極的に手を貸します。

 

教か育であるならば、僕の役目は確実に教。血を残さない代わりに、支援という形で貢献する。これこそが僕の人生として、しっくりくるという確信はありますね。

 

終わりに。:性嫌悪とはどう向き合えばいいのか?

 

ちょっと性嫌悪の話からずれたんですけど、一応僕にも悩んでた時期がちゃんとあって、この症状が治るのか、せめてどうすれば緩和されるのかは、相当考えました。

 

ただ残念ながら、完治は無理というのが実際のようです。一応、認知行動療法って言われるもので少しずつ慣らしていくことはできるようなのですが・・。

 

これもかなり難度が高いと思います。一時期毎日AVを観て荒療治しようとしたこともあるのですが、数分でギブアップしました。もうダメなのです。

 

ということで、こういう症状が強いけど子どもが欲しい人というのは、性行為を伴わずに授かればいいよねってことで、養子を貰ったり体外受精したりするそうです。

 

体外受精のコストって、思っている以上にはだいぶ安くなってるみたいで、保険が適用されるかどうかは知らないんですけど、不可能な額ではない気はします。

 

ただ繰り返しますが、僕の遺伝子に、そこまでお金と労力かけてまで残す価値は、流石にねえと思ってるので、特に何もする気はございません。

 

ということで今日は30歳になって改めて感じる、性嫌悪について思うことを言葉にしてみました。

 

こうして活字にすれば、ぶっちゃけ寂しい話をしている気もするんですけど・・・。

 

ただどちらかといえば、人生が他の人より早い段階でかなりシンプルになったという風に、ポジティブに考えています。

 

他の人の体験談では、辛くて悩んでる人も多いという印象があったのですが、それをポジティブに考えられるヤツもいるということを念押ししたいと思います。

 

では今日はこの辺で。

 

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