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人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

節目の50記事目。 人見知りからみた一流の人間。

「うわ、この人超すげぇ!」という人にたまに出会うことがある。

天上界の住人と出会ったような心持になり、自分と比べる気にすらならないくらいすごい人たちだ。

この人みたいになりたいと思うけれど、いつか超えたいとは思えない、そんなレベルの人達。

 

そういう人たちは得てして人望が篤い。恐怖や自身の地位なんかで支配したそれではないので、仮にその人が肩書きか何かを失ったとしても、人がついてくる。

かくいう僕も、その人についていく、カモのヒナの一羽みたいなもんなんだけど。

 

そんな風にして一流な人たちの後ろをついていく中で、そういう人たちに共通することが多々あるというのに気付いた。

その中にはとっさには出来ないモノもあるけれど、そうじゃないものも混ざっているわけで。

 

ということで、今日は人見知りからみた一流の所作について、簡単に3つほど紹介していこうと思う。

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正しく頑張らない方法を知る。「がんばることに疲れてしまったとき読む本」。

人見知りコラム

今日は久方ぶりの更新にして、久方ぶりの書評もどきを書いてみようと思う。

というのも最近、僕が求めていたものがズバリ書かれた本を発見し、これはシェアした方が良いのでは?と思った為である。

 

それがこれ。

がんばることに疲れてしまったとき読む本 がんばることに疲れてしまったとき読む本
下園 壮太

PHP研究所
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タイトルがシンプルにして無回転だが、内容は極めて実用的であった。例えば、「前向きにいれば神様が助けてくれる」「悩むのは頑張りが足りないから」といった、言い換えれば自分を追いつめる系の言葉はほぼなく、むしろそれは危険だと言い切っている。

 

そういった言葉を使わず、ついつい頑張ってしまう、つまり追い込みクセがある人はどう思考を変えていけばいいのか?ということに絞って書かれてあり、正直そのケがある僕には大変ありがたかった。

 

とまぁ、駄文はここまでにして、特に僕が確かに!と感じたいくつかの点を抜粋して紹介していこうと思う。

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人見知りVS俄かなる不安感。

ネガティブ論 人見知り的人生訓

僕はときたま、なんでもない行動や、発した一言がとてつもなく不安になることがある。

「あの案件、あの報告の仕方で良かったか?」

「家のカギ、ちゃんと閉めたか?」

「さっきの説明よりわかりやすい言い方思いついたけど、訂正した方がいいか?」

「あの人は人に言えない理由で休むと言っていたが、一体なんだ?」

「アイツ、辞めないよな?」

などなど。

時も場所も場合も選ばず、不安という名の怪物は突如として現れ、僕の心を支配する。

分類は一見不可能なくらい種類は豊富だし、可能だとしてもするのがめんどくさい。

そして大抵は即座に修正するのが無理だったり、元来の気弱さや物ぐささが発動して、再度確認したりトライしたりする勇気が湧かなかったりするので、最悪強めの不安感を抱いたままその日が終わることもある。

 

ネットに腐るほど落ちている、やたら判定がアバウトで項目がたくさんある診断にかければ、よくわからない漢字がいっぱい並んだ病名が僕に付くのではと思う。しかし、付いたらどうしようと思い悩むほど心が弱くはなくなった。成長したな、俺。

 

しかし、この俄かにやってくる不安感は正直かなり厄介だ。生きていく上でとても疲れるし、めんどくさい。

 

ということで今日もまた人見知りからズレ気味だが、少なくも無い頻度で俄かにやってくる不安感の正体について、該当する人他におるんかなと思いつつ、色々と考えてみようと思う。

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脱人見知りの為にも。 読書のススメ

人見知り的人生訓 人見知りコラム 備忘録

本を結構読むようになった。

話がごちゃつくので、この記事においては、本の中にマンガは含まないとする。

 

小学生や中学生の頃は、教科書に載っている文章以外は読まないほど、活字に親しみが無い子どもだった。数少ない例外は、読書感想文を書くために読んだ「老人と海」くらいのものである。親から坂本龍馬の伝記や、13歳のハローワークを買い与えられたが、開くことなく終わってしまった。

 

高校生の頃はややマシになった。流行りのラノベや、太宰治人間失格も読んだ。といっても、後者は40ページくらい読んだところで気が沈みまくり、読むのを挫折するくらい、活字が得意になったわけでもなかった。

ちなみに、この人間失格も読書感想文の課題図書だったのだが、この本の40ページ弱の概略と、ラスト3ページの要約を適当にまとめただけのものを僕は提出した。

それがたまたまクラス代表の作文になりかけたことがある。他の奴らはどんだけ手を抜いたんだ!と思ったが、読書感想文を全力で書ける高校生の方が少数派か。尚、僕は代表の座を全力で固辞した。

 

その一方で、友人に何人も1年に50冊以上読むヤツとか、村上春樹西尾維新とかよく知らない人が書いた本を語れるヤツとかが居たので、活字苦手な僕はきっと、類は友を呼ぶの例外パターンか、と思った。

 

しかし最近は様子が変わった。

Amazonで中古本を買いまくり、冗談抜きで1年に50冊くらい、そしてそのそれぞれを3~5回読むようになったのだ。時たま本屋に行っては、一目ぼれして本を買ってしまうこともある。思春期真っ只中の僕からは想像できない姿である。

14歳の僕に五木寛之の「大河の一滴」を渡しても、10ページくらいで飽きるのではと思う。今は喜々として2日で読み切ってしまう自分とは大違いだ。

 

そしてこの習慣になって数年経つわけだが、僕自身に色々な変化が起きてきたのを感じる。主に内面の話で。

 

ということで今日は、大層なタイトルだけど、僕が読書好きになった経緯とか、それによって得た恩恵について、徒然なるままに書いていこうと思う。

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人見知りの情報網。

人見知りコラム

人見知りが仕入れてくる情報は、結構訳の分からないものが多い。

昼寝し過ぎて眠れない今日この頃、布団でぼんやり昔のことを考えていて、このことを閃いた。

 

特にこれは高校時代に遡る。

世間で恋空という映画が流行っていた頃、僕の属するコミュニティではシュワちゃんコマンドーというガチムチアクション映画が流行った。

ちなみにコマンドーの方が20年近く古い。

また、世間でマカロンという甘いものが流行っていた頃は、仲間内で何故かカルメ焼き(カルメラだっけ)という砂糖で作る素朴なお菓子が流行った。

世間が右を向いている時、僕たちは逆の左ですらない、完全に明後日の方向を向いていたことになる。

 

そしてその火種は大抵人見知り仲間が探してくるのだ。

この辺を紐解けば、また一つ人見知りの生態が分かるかもしれない。

淡い期待を込めて、今日はコラムとして僕の思い出を述べていく。

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クソ真面目の弊害。

人見知り的人生訓 人見知りコラム

「真面目」という言葉がある。

何事もふざけず、真摯に、手を抜かなければ嘘もつかない。そんな感じだろうか。

ちなみに辞書で引いてみると、真心があり、誠実であることとか書いてあった。

僕自身真面目な人には好感を持てるし、世間一般でもそうである。

モテる男ランキングみたいなのにも「真面目さ」が上位に来ており、つくづく人間社会を生きる上で必要な要素ということがよく分かる(もっともこれには、どこか抜けた一面や、可愛げがあるという性格があってのこととあった。真面目一筋の男は付き合っても面白くないから人気がないとのこと。納得。)

 

さて。

僕は生まれてこの方20数年、有難いのかどうかわからないが、ひたすらに「真面目さ」が突き抜けてるね!と言われることが多い。乱暴な言い方をすれば「クソ真面目」といったところか。

これは喜ぶべきことなのかもしれないが、実は僕自身は僕のこの性格に対し、複雑な気持ちを抱いている。

 

今日は、真面目という性格のワンランク上、「クソ真面目」というものに対して色々と考えてみようと思う。

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人見知りがよく言われる、「優しい」とはなんだろうってのを考えてみる。

人見知り的人生訓 人見知りコラム 備忘録

人見知りはその性質故に、大抵は「優しいね」という評判を頂くことが多い。

が、これは裏を返せば、「何やっても怒らない」という意味の優しいであることが大半だ。

つまり、そのセリフを言われたからと言って、敬意を払われているかはわからない。もしかしたらナメられている可能性もある。

経験談だが、年下だろうが年上だろうが、一度ナメられ始めると非常にめんどくさい。周りを見ていると、怒れないが故に優しいと言われ、優しいが故に人からあまり重視されていない人もちらほらいる。これは辛い。

 

実を言うと僕も、優しいと言われたら嬉しいと感じてしまう。しかし同時に、ナメられるのも嫌だと言う考えも根強い。これはもう、自身の劣等感とか、その辺のどす黒いものに帰着するんだけど。

 

ということで今日は、如何にしてナメられない優しさを得るかについて考えようと思う。

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