過去何度か別ブログで書いたことだが、僕ははっきりと子供が嫌いだと自覚している。仮に今の勤め先が幼児向けコンテンツに全振りしたら、僕は即辞めるだろう。
今日も詳しい経緯は割愛するが、もはや慟哭といっていいくらい、悔しさのあまり子供が号泣する場面があった。勿論、それ自体を愛しいと思える人もいるだろう。
泣き叫ぶその子を宥めて、認めながら、寄り添い、優しく声をかける。それを思えば、一緒に入っていた講師の振る舞いはまさに模範的で、本当に尊敬ものだった。
僕は正直、滅茶苦茶イライラした。子供のギャン泣きはここまでムカつくのかと驚くくらい、感情的な怒鳴りを抑えるのが大変だった。
その理由は単に嫌悪感を抱くからというのもあるが、それによってクレームが生じた際、怒られるのは僕だというめんどくさい恐れもある。(実例があることもまた然り)
「あの子が泣き叫んだ、集中できない」と別の生徒が家で口にすれば、子供はそもそも情緒などコントロールできないという前提が無い人からすれば、ただの職務怠慢だ。
他人の八つ当たりほど面倒なものは無い。公の場での振る舞いを身に着けていない子供は、本当に見ていてヒヤヒヤする。心が休まらない。だから嫌いなんだと思う。
子供が嫌い。こんなことを口にすれば、大抵は怒られるか、本気で引かれるかのどちらかだ。あたかもタブーかのように、皆が腫物扱いするテーマ。
今回の苛立ちを、僕はどうすればいいか。気付くと僕は、「子供が嫌い」というワードをnoteで調べていた。
そして出てきたのは、僕と同じ言葉をシェアする人たちの言葉。それらを読み込んでいく内に、僕はすごく安心する感覚を抱いた。
「あぁ、僕だけじゃねぇんだ」
結局自分を”救ってくれる”のは、その感覚なのだと、改めて学べた。今日はそんな内容である。
世の中は思った以上にあけすけだ。
そういうことを自覚しているので、僕は僕の子供などトンデモナイと考えている。一つ屋根の下で一緒に暮らすなんて、絶対に考えられない。
そんなことになれば、僕はストレスで間もなく病死するだろう。あの鳴き声が家の中から常時すると思えば・・・想像するだけで幻滅してしまう。
しかし不思議なもので、正月の帰省中に気付いたのだが、僕は姪っ子の泣き声は全く平気なのだ。「お腹でも空いたのかなぁ」と、呑気に考えながら、本を読めるほどに。
これは姪っ子故のバイアスなのだろうか。実際そうらしい。noteの記事の中には、「自分の子供はこれ以上なくかわいいが、他人の子供は大嫌い」という言葉もあった。
似たセリフを、実は他のところで聞いたことが何回かある。それくらい己の血を分けた子供というのは、特別愛しいのだろうとは思う。それでも、要らないけど。
ここで念押ししておくと、僕は無条件ですべての子供が嫌いというわけではない。好きな子どもこそほぼ居ないが、接していて平気な子どもはいる。
一方、大人であれば無条件で肯定できるかと言われれば、それもまた違う。例えばアパートの僕の下の階に住む十人はAM2:00に飲み会をしているが、殺意が湧いてしまう。
だから正確に言うと、情緒が豊かすぎるとか、社会性が未発達とラベリングされる言動全てが大嫌いなのだと言える。子供がその代表格である以上、坊主憎けりゃ状態だ。
特に和を乱す行為や反抗に付随する意味不明な金切り声など、特に音に関する刺激に対し、本当にイライラしてしまう。
一方で、単に僕が狭量なだけであることも気付いている。先の癇癪を起こした子の話に戻るが、実はその最中に別の生徒が、保護者同伴でやってきていた。
僕は直感的に、「絶対にクレームになる」と思ってしまった。とはいえ泣き止む気配はゼロであり、僕はしょうがなく、どうしてそうなったか説明し、その親に頭を下げた。
―そのリアクションに心底驚いた。内心はわからないが、「はは、そりゃ悔しかったら泣きますよね、この学年なら」と、とても穏やかな笑みを、その父親は浮かべていた。
本当に驚いた。と同時に、その父親が凄くて僕の反応が普通なのか、僕の器が小さくて人の親ならその寛容な反応が普通なのか、全く分からなくなった。
その後で周りの生徒にも、「大丈夫?気になるよね・・」と僕が謝って回ったが、小2の女子には「え、なにが?」とぽかんとして言われるくらいだった。
なんて世界は器が大きいんだ。もう一度、僕は心底驚いた。僕の内心に渦巻く猛烈なストレスは、絶対に否定しきれないほど大きく、強い。何ならまだ燻っている。
今でも世間に対し、僕は羨望のまなざしを向けている。なぜそこまで、いい意味で、無関心でいられるのか?逆に僕は、なぜここまで腹立たしいと感じてしまうのか?
何を得れば、或いは何を捨てれば、僕は今の僕が許せないものを手放せるというのだろうか。眩暈がするほど巨大な壁を前にした今、本当に意識が飛びそうである。
言葉が尽きるまで、「嫌い」という膿を絞り出す。
冷静にもう一度問い直す。僕はなぜここまで、これらの行為が許せないのだろうか。本当に全てが許せないのだろうか。許せたことはないか、許せる相手はいないのか。
例えば他の生徒がいないところで生徒が癇癪を起こしたら僕はどうするだろうか。他の子からのクレームというリスクとは無縁だが、やはり猛烈にイライラするだろう。
僕は努めて冷静に、校舎長として当然の行動として、即座にお家の人へ電話し、お迎えを呼ぶはずだ。年齢も性別も関係なく、感情が爆発した人間にできることは無い。
それ自体は仕方ないことだと理解しているつもりだが、それによって周りに迷惑をかけることはどうしても許せない。僕もそうだが、世間は想像以上に騒音へ不寛容だ。
・・・と、ここまで書いた記事を読み返すと、ふと思うことがあった。僕はまだ、何かに蓋をしている。自分の中に溜まっている膿は、こんなもんじゃないという自覚がある。
嫌いが平気になるためには、実はとにかく胸の内をさらけ出し、それを丁寧に受容・肯定していくことが鍵なのだという。そのことは以下のnoteに詳しい。
だからしばらく、多少口が汚くなっても構わないと割り切って、胸の内に湧いている感情や感想を書き殴ろうと思う。
・・ここ最近、猛烈に腹が立った出来事を思い返す。癇癪を起こす子供。「無理矢理やらされてる!」というのを言い訳に指示を全く聞かない子供。静かにできない子供。
稽古ではなく雑談をしに来る子供。勉強しないのに間違えたら悔し涙を流す子供。アドバイスを求めるのに一切聞き入れない子供。あぁ、もう超サイヤ人になりそうだ。
率直に思ったこと。「オメーが暴れるせいで迷惑が掛かりまくってるだろうが!」とキレたかった。
「無理矢理やってるだけなら、今日を最後にして止めればいい。お母さんを俺が説得しよう」と、冷静に、ただしきっぱりと、吐き捨てたかった。
環境に沿った行動ができないなら、それを最後通牒として、すぐにでも追い出したいと思った。
悔しがるなら努力をしろと毒を吐きたかった。実行しない助言なら、最初から求めるなと舌打ちしたかった。
こう考えると、僕が激情を必死に堪えていたことがわかった。あらゆる負の感情を確かに内部で煮えたぎらせながら、それを噴火させまいと歯を食いしばって封じる。
「単に怒れないだけの気弱だろ」と言われればそれまでだが、僕は客観的に見て、これを”耐え抜いた”僕を心底労いたい、お前はすごい奴だと、称賛し、認めたくなった。
そう、僕は確かに「ネガティブな感情」を生じさせているのだが、同時にそれを抑え込める力も持っている。いわゆる膨張する力と、抑え込む力。
僕は感情にジャックされていると思っていたが、実際のところは、本当に瀬戸際でそれを回避できていることに、今気が付いたのだ。
しかし、そのために、想像していた何倍も膨大なエネルギーを消費していることも、腑に落ちて理解できた。
僕が感じるこのストレスは、発散できないエネルギーが滾っているのではなく、むしろ逆で、エネルギーが尽きたことが原因のようなのだ。
僕は僕を労う必要がある。ささくれ立った心をリチャージする必要がある。できれば、静かな場所で。僕は、誰かの存在を感じられる場所で心を休められない類の人間だ。
そんなとき、外向型人間と内向型人間のエネルギー充填方法の違いについて、すごく上手いなと思う比喩表現を発見した。
外向型人間は、イベントやパーティーを通じて他者と交わり、それによってエネルギーを充填できるという。さながら暴風の中で行われる、風力発電のように。
一方、内向型人間は、蓄電池のようなものだ、と。静かな場所で一人の時間にじっくりと浸ることで、じわじわとエネルギーが満たされていく。すごくぴったりだ。
自分の心が荒れた日ほど、そのことを軽視してはならない。心の中が沸々としている間は、むしろ誰とも会わず、一人になることが、僕の場合は要なのだ。
しかしその最中でも、僕の思考は”誰にも”理解されないものだという風に、完全な孤独感を抱くのはナンセンスだ。一人になるべきだが、孤独になるべきではない。
ここで思い出すのが、宇宙兄弟のセリフ、【We are lonely, but not alone.】である。僕は寂しさを強く肯定したいが、孤独に突っ込む自分は止めたいと思う。
激怒を感じるのも、悲嘆を感じるのも、強い嫌悪を感じるのも、僕自身だ。だがそれらを全て封じ込めることができるのも、僕だけだ。
それを誰よりも寄り添って深く理解し、慈しんで労ってあげられるのもまた僕だけだが、この辛さや苦しさを抱えている人間は、決して僕だけじゃない。
―ここで、先のnoteの記事を読み直してみると、改めて気付くことがある。
著者は子供自体が徹底的に嫌いになるほど追い詰められたというが、そこから脱け出せたきっかけは、子供ではなく自分の肯定にあると書いてあったのだ。
ずっと着飾って生きてきた私の、死んでも世に出せないような真っ黒な部分を永遠と吐き続けました。
そんな中「子どもが嫌いだ」という話になるのは至極当然だったように思います。
子どもが嫌いだ
もう視界に入らないでほしい
でもこんな生き方は辛い
死んでも償いきれない気持ちも抱いている
でもちゃんと償うから私も幸せになりたい
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら
ずっとずっと話し続けました。
当時の私は、YouTubeやテレビに子どもの映像が流れてくるだけで嫌悪感でいっぱいになり、買い物先では目線を高くして、子どもを視界に入れないように過ごしていました。
誤解を恐れず言葉を選ばずにいうと、
子どもは私に危害を与える存在だと思っていました。保育士としてうまくやっていけなかったことで
仕事が辛い=仕事は私を苦しめる=子どもは私を苦しめる
と、勝手に頭で変換してしまい
子どもは私を苦しめる存在
子どもは私を辛くさせる存在ずっとそんなふうに思いながら過ごしてきました。
*
セッションではコーチに話を聞いてもらいながら過去に立ち戻り、自分に声をかけ続けていたように思います。
本当はあの時子どもにこうしたかった
→そうだったよねずっと仕事をがんばってきた
→知ってるよ、えらかったね私だって認められたい
→ちゃんと見てるよ
過去の自分を労わるように声をかけ続けました。
そんなセッションを繰り返す中で、いつからか「子どもは怖くないのかもしれない」「可愛くて面白い存在なのかもしれない」という気持ちでいられるようになったのです。
わけわかんないですよね。私もわけわかんなかったです。
決定的にこれがきっかけで子ども嫌いが治った!というものがあったわけではありません。
今になって思うのは、自分に優しく声をかけてあげたり、緩めてあげられるようになったことが要因だったと思います。
そうすることで、まわりの人たちを受け入れられたり、この世もそんなに悪くないな、と思えたりしてきて。ほんの少しまわりの見え方が変わったことで「子どもの見え方」も変わってきたのだと。
子ども嫌いになっておおよそ7年。コーチングを受け始めてから4ヶ月後のことでした。
幸せになれたから子ども嫌いが治ったのか
子ども嫌いが治ったから幸せになれたのか
どちらかと問われると、きっと前者なのだと思います。
筆者は「死んでも世に出せない真っ黒な部分」と書いている。もしそれが「子供が嫌い」という思い自体を指すなら、それは僕も同じだ。
僕もまた、”本来は”世に出してはならない闇をずっと抱えているということなのだろうか。それとも、子供が嫌いという感情をさらに増幅させた先があるのだろうか。
あるとすれば、それは危害を加えたい、実際に攻撃したいという暴力性になるような気がする。僕の中にもそんな危険な僕がいるということか?
だが、それをどんなに膨らませても、子供を大泣きさせてスカッとしたいとか、携帯広告みたいな復讐を親に果たしたいとかは、全く思わない。あまりにも陰湿だからだ。
時折YouTubeのショート動画などでキッズ相手にそんなことをする狭量な大人がいるが、そういう人は社会から居なくなればいいなとさえ、強く思う。
こういう部分を意識すると、また途端に分からなくなる。善悪すらぐちゃぐちゃになり、形容しがたい無数の色が混ざった渦巻きが、自分の中にできていく。
子供は僕の敵なのか?僕が子供の敵なのか?僕はつまり、庇護者でありたいのか?もしそうだとしたら、この苛立ちは何から来るのか?
実体の無い敵と戦っている感覚。この手応えの無さは、僕が嫌いな子供の言動と相対している際の感情が、記録されることなく流れていることが原因だろう。
思考は残るが、感情は消える。ムカついていたという感想を頼りに感情を呼び起こすのは無理だ。反省の限界に、今僕は至っているように思う。
だから苛立ちを別のきっかけで感じた今、この続きを書いてみる。だがどうしても、ある一点から先に、八つ当たりを進めることができない。
その一点とは、生徒個人への非難だ。僕は確かに行為自体は大嫌いだ。だがだからといって、その子が大嫌いとは、どうしても言えない。絶対に口に出せない。
言った瞬間、僕の中で何かが音を立てて崩れて、凄まじい後悔と、自分への嫌悪感に襲われることを予感している。それくらい、ズレているのだ。
実際、「嫌いな人への対処法」をザッピングしてみたが、いずれもどこか、強く”これじゃない”という感覚を抱く。
すなわち、行為への嫌悪と人間へのそれは、僕は無意識下で完全に分断できているようなのだ。・・・なんなんだ、これは?
考えれば考える程、全くわからなくなっていく。絡まって球体になったツタを必死でほどいてみたら、その中に何もなかったかのような肩透かしを食らっている。
繰り返すが、その行為に触れたとき、僕の中で噴出しそうになる強い嫌悪や怒りは、確実に、”在る”はずなのだ。それなのに、それに言葉を差し向けると、途端に消える。
例えるならば、視界の端でこちらに向けてふざけた仕草をするヤツが確かにいるのに、そちらを向くと、サッと物陰に隠れてしまう感じだ。姿も形も、網膜に残らない。
言葉にできないのに、確実に存在する、嫌悪や不快。これはつまり、どうしたらいいのだろうか。子供嫌いから出発して、とんでもない謎に辿り着いたのではないか。
そんなことを抱えたまま帰宅し、家でくつろごうと思って、音楽を聴きながらネットサーフィンをしていた。本来であればリラックスできるはずなのに、今日は違った。
無性にイライラしてきたのだ。自分に対する当て擦りのような発言や、過去の腹立たしいイベントの記憶が次々と蘇ってきて、すごくストレスを覚え始めたのだ。
当初は一体なぜかわからなかった。自分が心的にすごく疲れており、ストッパー的な機能が弱っていることが理由かと勘繰った。だがその原因は、意外なところにあった。
それは聴いていた音楽そのものだ。僕はゲームBGMが好きで、日頃は大体それを聴いている。今日流していたのも、その戦闘曲やイベントシーンの曲だ。
もしやと思って、再生リストをしげしげと眺めながらあれこれと思い巡らすと、「これだ!」と思うことに行き当たった。
僕がイライラし始めたタイミングで流れていた曲は、すべて胸糞・悲惨シーンが前後にあったものだったのだ。
主人公たちが心に傷を負うシーン。死体蹴りのごとく登場人物に鞭を打つ一般市民。その顔、声、場面がありありと心に浮かび、その際の感情も蘇ってきたのだろう。
これらの演出はストーリーを盛り上げるために必須のものだ。ジェットコースターでいう、ゆっくりと山を登っていく時間に似ている。だから下りで絶叫できるように。
しかし、その胸糞な感情が、ここまで濃く自分にしみこんでいたとは、我ながら驚きだった。フィクションの世界を、そうなのだと切り離せていないらしい。
僕は、音をもって、過ぎ去ったはずの感情を想起することができる。これはすごく意外な発見だった。だがこの観点に気づくと、思い当たる節はいくつも浮かぶ。
例えばポップな曲調だろうが、失恋を題材にした歌を聴くと、僕は18歳の頃、河川敷で告白しフラれたあの日を思い出し、猛烈にむず痒くなる。
失恋は普通、ほろ苦さを伴い、大抵は肯定できる記憶として頭に仕舞われるという。だが僕はいつまでたっても、虫刺されのように痒みを帯びたまま、そこにある感じだ。
この時僕が想起する感情は、相手に向いていない。高嶺の花に無謀にも挑んだ自分の愚かさに対して、すごく苦々しい気持ちを今でも持っている。いわば嫌悪感だ。
試しに静かな曲調の失恋ソングも流してみたが、僕はやはり、切なさではなく苛立ちを覚えた。愚かな自分に対する現在の自分からの怒りを、確かに感じるのだ。
―となれば、僕が子供嫌いな理由にも、また違った仮説が立つ。それは、子供は単に、僕にとって肯定しきれていない苦い記憶のトリガーである、というものだ。
子供が嫌いなのではなく、子供という存在が想起させる感情が嫌いという方がしっくりくる。だからその子自体は、別に嫌いだと思わないのだ。
ここから先は、もはや自分にとって荒療治のようなことをするしかあるまい。子供の泣き叫ぶ声などを聴きながら、心に浮かぶことを徹底して絞り出すのだ。
わざと自分の苛立ちの根っこを刺激する。さながら種類が不明の蜂の巣を棒で突き、怒って出てきた働きバチを網で捕まえて観察するようなものだ。
自分を労うことは、僕は今まで何度も意識的に取り組んできた。しかし、自分の怒りの根っこにわざと突っ込むことは、当然してこなかった実験だ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。続いては、僕が僕を怒らせて解ったことを、何とか言葉に変えて観察してみよう。
僕が許せない僕の過去、記憶、感情、人。
ここからはかなり個人的な体験・経験の話になる。あらかじめご了承いただきたし。
僕が実は肯定しきれていない記憶。それは過去の失恋だ。失恋ソングを聴いていると僕は強い苛立ちと苦々しさを想起すると、さっき書いた。
学生の頃、社会人になってから。時期を問わず、僕はその思い出の全てがすごく嫌いだ。フラれたからとかじゃなく、そもそもそんなことをしたことに腹が立っている。
近そうなイメージでいえば、そんな意図は無かったのに、自分が無知ゆえにその人にとっては悪口に当たることを言って、傷つけてしまった後のような感じだろうか。
背が高い女子に「でけぇ!」と言っちゃうように。その人が何をコンプレックスに感じているかはわからない。しかし、エチケットとしての推察は人間社会において必須だ。
そこに思いが及ばない人間は、社会生活に支障をきたす。グレーゾーン故の特性なら仕方ないと割り切れるが、そうでないならただの馬鹿だ。
僕は今でこそ、恋愛で幸福を感じ”ない”人間だとよく理解しているのだが、当時はまるでわかっていなかった。だから誰も幸せにならないやり取りを繰り返した。
メールに一喜一憂。恋愛指南本の読書。好きでもないドラマを観て時代についていく。友人とその手の話を繰り返す。できもしない整髪に挑む。
一体誰のために僕はあんなことをしたのだろう。黒歴史を並びたてられて読み上げられるのと同じか、それ以上の猛烈な恥や不快感を、僕は強く抱く。
無知で馬鹿だった自分。僕にとって失恋ソングとは、本当に嫌いだった頃の自分を瑞々しく思い出させるきっかけとなる。だから、積極的に聴くことは無い。
―と思っていたが、一つだけ聴いても平気な失恋ソングがあった。それは【One more time, One more chance】だ。勿論素敵な歌だと思うが、理由は少しひねくれている。
この歌はチュートリアルのネタの1つに登場する。「チリンチリン」という名前だったと思うのだが、僕はこのネタが大好きだ。
また、失恋後にこれをカラオケで歌った大学の先輩がいたのだが、あまりにも込められた感情と声量がすごくて、もはやとても、面白かった。
聴きながら僕はずっと笑っていた。実はそれが失恋ソングであることも、その人が失恋後であったことも知らなかったとはいえ、かなり嫌な奴である・・・・。
ただ、これはこれでヒントになる。十把一絡げに失恋ソングが嫌いなのではなく、くっついている思い出次第では、それを克服できる可能性があるのかもしれない。
―そして本題は子供の泣き声だ。勇気を出して、脳内にその声を再生する―。だが、ここでかなり意外なことが起きた。全くイライラしないのだ。
・・・なぜだ?狙って再現できるはずの感情なのに、なぜできないのだろう。脳内でどれだけギャンギャン子供を泣かせても、外を吹く風より気にならない。
こうなったらもう、泣き声によって苛立ちを感じる特定の場面を待つしかない、ということだろうか?そんな風に諦めていたとき、たまたま、似た苛立ちをふと感じた。
その感覚を捉まえて、必死で思考を巡らせていくと、強く納得感がありながら、同時に酷くがっかりするような、そんな仮説をパッと頭に閃いた。
―それは、自分にとって嫌悪感を引き起こすものは押しなべて、過去の許し難いと認識している自分の言動を想起させるというものだ。
バイアスがかかっているだろうが、子供の泣き声が嫌なのも、癇癪を起こして泣き叫び、両親や周囲に多大な迷惑をかけた自分を厭う気持ちが強く思い出されるからだ。
僕は泣き叫ぶ子供が嫌いなのではない。周りに迷惑をかけていたあの頃の自分が大嫌いなのだ。僕の神経を逆撫でしているのは、つまり僕なのだと言える。
もちろん、頭ではこの論理の無茶苦茶さは理解している。子供は泣く生き物だ。発達障害を持って生まれれば、社会的に好ましいとされる行動を取ることも困難だ。
これらを大人はしっかりと「受け入れる」ことにより、少しずつ折り合いをつけてもらい、社会の一員への成長を支えていくのが筋なのだ。
そのことがわかっているからこそ、そういった愛や優しさを理解せず、本来の感情を押し殺して僕と接してくれた大人に対し、無邪気に反発していた自分が大嫌いなのだ。
人間だれしも、子供時代を経て成長に至る。迷惑を掛けながら育つからこそ、あとから来る世代の面倒を見ようと思う。貸しと借りを繰り返しながら、営々と社会は続く。
これが本来のルートだ。だが意味不明なことに、僕は自分が通ってきたその道が、たまらなく恥ずかしい。なぜだか、一切許容ができない。
あの頃の自分の言動は、本当に幼稚で、愚かしい。人の十倍は面倒を掛けたのではないかと本気で考えている。だから堪らなく恥ずかしいし、そして申し訳ない。
仮に僕が己の遺伝子を遺してしまえば、僕が許せない僕を半分引き継いだ存在が、僕がしてきたのと同じくらいの迷惑を周りにかけてしまうだろう。
それはすごく嫌だ。その抵抗は、「自分の子供はかわいい」とか、「かけがえのない存在になる」と言った周りからの甘言を、悉く打ち消してしまうほどに強い。
僕は、過去の自分が、大嫌いだ。その目線に立つと、潜在意識に沈んでいた、自分の罪、恥、黒歴史が次々とフラッシュバックしてきた。
子供の頃はゲームが上手くプレイできないと、泣き叫びながら悔しがった。まさに癇癪だ。癇癪を起こす子供を見ると僕が思い出すのは、未熟だったあの頃の僕だ。
中学の頃、調理実習そっちのけで、ズレていた棚が気になってずっとそれを直していた。もはや没頭していたと言っていい。周りに白い目で見られながら。
これらは発達障害の典型症状の1つだ。唯我独尊が過ぎる子供の言動を見ると、僕はそのときの自分のしたことを思い出し、過去に対してすごく罪悪感を抱く。
やはり、どれもこれも、僕自身が無知ゆえに積んできた、記憶から消し去りたい汚点に紐づいている。
子供に腹を立てているとき、僕が見ているのは、どうやら・・・つまり、僕のようである。本当に、納得感が強い。
ところで、2つ前の記事で触れたが、僕は死に際に強い興味を持っている。そのときは答えにはたどり着けなかったが、今は一つの暫定解に行きついた。
それは恐らく、生き様を語られるにはあまりにも序盤で恥を積み過ぎたと自負しているからだろうと、今は考えている。
僕はどう生きたかを語られるのが、たまらなく嫌なのだろう。だから終わりよければ理論で、僕は死に方に今はフォーカスしている感じだ。色々と、納得してしまった。
僕が嫌悪感を抱く諸々自体を、僕が嫌っているわけではない。僕が本当に許せないのは、過去に僕が重ねた、もはや罪とラベリングしている記憶たちである。
僕はここから全力で目を逸らしたいのに、それを目の前で見せられれば、それは猛烈な嫌悪感を抱いて当然だと言える。客観的に見たら、それですごくスッキリする。
ところで、【投影】という言葉がある。これは防衛反応のひとつで、自分が目を逸らしたい何かを相手にそのまま投影することで、無意識下で目を逸らす本能の1つだ。
この言葉自体を知ってはいたが、僕のこの嫌悪は投影とは違うと、勝手に思い込んでいた。泣き叫ぶ自分を自覚しているから泣き叫ぶ子が嫌いなんて、筋が通らないためだ。
だがもしも、顕在意識ではキッチリ線引きできているものの、潜在意識ではあの頃の僕が全く同じ濃さで、今の人格に同居しているとしたらどうだろうか?
そう思えば、間違いなく、これは一種の投影だ。僕は僕の中にある僕の嫌いなものを潜在意識でキャッチし、それを幼子に投射し、それで自分を守っていたことになる。
子供の声が苦手なのは、大嫌いな頃の自分を思い出すから。嫌悪を誤魔化さずに感情や思考と相対してみて解ったことが、まさかの自分に対する強い否定だったとは。
僕自身は、僕のことを好きだと思っていた。「よくやってるよな」と認めたい気持ちもある。だが、もっと奥の方では、強い否定が同居していたのか。唖然とする。
となれば、”現在の”僕自身を肯定するアプローチは、あまり効き目がないと言える。虫に食われた柱に、その上からペンキとニスを塗って体裁を繕うのと似ている。
僕はここでひとつ、きちんと過去にけじめをつける必要がある。勿論よくある漫画みたいに、過去の自分と精神世界で戦ってケリをつけるわけではない。
むしろ逆だ。戦うのではなく、受け入れる。許す。罪ではなく、ただのしくじりだと笑ってやる。執着を手放し、嫌悪とは違う感情に置き換えていく。
嫌いな人は、自分を映す鏡だと言われる。僕はこの言葉がとても嫌いだった。嫌いな人が自分と同一など、認めなくなかったからだ。
しかし今、その言葉はとてつもなく深い意味を纏い、僕の中で静かに腹落ちしている。嫌いな人が映す自分が”今の姿である”など、その言葉は1つも言っていないのだ。
―嫌いな感情をきちんと理解し、何かしらの解決に行きつくまでには、多くの時間と苦しみと、12000字近くもの文字数が必要だった。
だが、そもそも辿り着けたこと自体が、素晴らしい奇跡のように感じられる。もし過去の自分ときちんとケリがつけられたら、これからの僕はどうなるのだろう。
ワクワクと不安が入り混じっている。だがこの記事内でそこまでやることは、もうできない。5万字くらい費やさないと、書けないのではないだろうか。
―この記事では、元々は嫌悪感の正体を突き止めることを目指していた。それを果たせた今、ここで一旦終了とする。そしてまた新たな問いを浮かべる。
過去の自分の罪を許す方法はあるのか?
ここで言う罪とは、社会的なものではなく、自分の主観的なものだ。刑法に書かれていなかろうが、僕が僕を罰したくなる言動は、心の中に多々沈んでいる。
そのためには、例えば心理学でよく用いられる【リフレーミング】が、うまく機能するかもしれない。だがまずは、情報収集だ。そこからまた始まるのだろう。
ということでこのブログ史上多分2番目に長大な記事、以上、今日はこの辺で。
参考ブログ一覧。