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人見知り的 もののあはれなる人生訓

人見知りの人見知りによる人見知りの為のなんちゃら。

バランサーという生き方。

人から言われて気付いたのだが、僕はバランサーという立ち位置らしい。

これは辞書にも載っている言葉なのだが、「balancer」というスペルで、簡単に言えば組織や仲間内なんかで調和を取る役目を担う人だという。

 

なんじゃそりゃ?とお思いだろうが、僕も言われたときはそんなリアクションだった。

でもなんか良い言葉とも思ったので、就活に打ち込んでいた時期に自己分析兼ねて色々と自分の過去を見つめ直すと、なんかそれっぽいエピソードは確かにあった。

この性分を言い換えると、神輿の上で音頭を取る人ではなく、神輿を担ぐ側の生き方って感じだろうか。少し違うかもしれないが、まぁいいか。

ちょっと悪く言えば波風立たせたくない主義ともいえるけど、バランサーという役目は正直、僕の天職に思えて仕方がない。

 

実を言うと僕は、バスケで言うと、自分でダンク決めてワ―って言われるのより、自分が出したパスでエースか誰かにダンク決めてもらって、後で「ナイスパス、ありがとな」って言われる方が格段に嬉しい。

こういう価値観だから、バランサーという生き方に自然となっていったのかもしれない。

 

導入が長くなったけど、今回はそんなバランサーという生き方のお話。

  

会話の場において

 

高校生の時はよく、小休憩の時間に、教室の後方で4人くらいで他愛無い話をしていた。

基本同じ性分の人間が集まる為、誰かが会話の主導権を独占することはあんまりなかった。しかし、たまーに誰かの超得意分野の話題が出て、今までの100倍くらい饒舌になる奴が出ることがあった。

こうなればバランスもクソも無いので、僕はわずかに話が途切れた瞬間を狙って、そのテーマに共通しつつももう少し門戸が広い話題にすり替えることをしていた。

例えば、「軍事系」の話題になった時は、その場に登山部のヤツがいれば「軍事作戦で使うような寝袋やコッヘルってどんな?」とか。

将来ノープランのヤツがいれば「自衛隊って待遇どうよ」とか。

銃とかサッパリってヤツがいれば「軍事のトリビアとかないの?」とか、鬼のフリをすることもあった。

こうすれば100:0となっていた場を、最悪70:30くらいには持っていける為、無意識ながらも結構やっちゃってた気がする。

ちなみに僕自身は10分くらいなら、聞き役に徹しててもなんの不都合もないので、特にでしゃばることはしなかった。

そして、僕とサシの場であれば、思う存分話してもらうことにしていた。最近は聞きっぱなしになる体力が衰えたのか、少し疲れるようになったので、話を聞きながらも視線を時計に反らすといった姑息な手を使うことが増えた。

勘が良い人は話題を変えたり、こっちに話を振ってくれたりするので、たまにであれば有用な手かもしれない。

 

焼き肉や鍋の席において

 

焼き肉や鍋の席においては、よほどのプロを除き、焼きつつ食べつつっていうのはかなり難しい。

最近は僕以外全員目上の人というシチュエーションが減ってきた為、焼いたりアク取ったりという作業は後輩がやってくれることが多い。

最初の内は「あざっす」とラフにお礼を言って、手早く茶碗飯1杯くらいを食べてしまう。

そしてすぐ、その焼き役と交代していた。

僕がトングを握ってからは、最優先事項を「全員公平に腹いっぱい」に置いて、色んな人の取り皿にぽんぽんと焼けた肉を放り込んでいた。もちろん軽く先輩を立てて、先輩の皿に高めな肉を入れるとか、多めに入れるとかはしていた。

勿論、気を遣わせない為、自分の皿にもたまに放り込む。

そしてタレが減ってると感じたら、本人が気づく前に渡すこともしていた。ただ、誰かが交代するよと言ってくれた時は、すぐにトングを渡すようにもしていた。

独りよがりもまたバランスが崩れるのである。

食事の席なのにめんどくさいかもしれないが、全体を俯瞰する良いトレーニングと言い訳を付けて、この習慣は今でもやめていない。

 

反省会において

 

反省会においては、僕のいた複数の組織では、得てして「悪い点を静かに強い言葉で指摘してナンボ」みたいな風潮があった。

当然下っ端のときは組織の風土に口を出すことは難しかったので、最高学年やら執行部やらになってから、持ち前のバランサー精神を発揮するようになった。

例えば、僕以外の上回生が全員「お前らはここがクズです(実際のセリフとは異なります)」みたいに指摘して、参加者が全員参列者みたいな空気になることもあった。

そういう時は、僕は逆に「君たちはここが良かったよ」みたく、良かった点だけ言うようにしていた。

手放しで賞賛も考え物だが、悪い点だけドンと突きつけられたらそれはそれで落ち込む。

ここもまたバランサーの役目である。のかなぁ。

尚、逆もまた然りである。

例えばどうみてもこれはダメだろって事件があったのに、「いや~今日は良かった良かった」という流れが出来ていたら、正直言ってブラフだけど「お前らはここがクズです(実際のセリフとは以下略)」ということもしていた。

2回くらいしかないが、簡単なミーティングの席でブチギレたフリをしたこともある。普段温厚でとおってるからこそ、割と効果はあったらしい。

後で聞いた話だが、「アイツまでキレキャラになった」と、何故か同席していた先輩の方が委縮していたらしい。

もちろん、「あれはブラフっすから」というアフターフォローはきちんとしておいた。

自分の評価のバランスを取るのも大事である。

優しい一辺倒だとなめられるし、怖い一辺倒だと避けられる。深い、深いなぁ。

 

終わりに

 

具体例を紹介できる事柄に限ったが、これらがバランサーという生き方の一例である。極端な言い方をすれば、利他主義ということになるかなと、書いていて思った。

「俺が主役だ!」というスタンスではなく、自分で言うのは恥ずかしいが、縁の下の力持ちっていうスタンスの方が、すごく居心地が良い。

それに、目立たないからといって評価されないというわけではないらしく、現場を離れた後になって、酒の席か何かでしみじみと「お前は良いバランサーだったな」と言われることが数回あって、じんわりと嬉しかったことを覚えている。

 

色々な席や場や状況のバランスをとる係、バランサー。

引っ込み思案である方にも活躍ができる、そんな役目だと思う。

自分の属するところに足りてないと思うのであれば、如何でしょう?

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