産まれて25年以上もそれに努めてきたが、ここ数年ハッキリと悟っていることがある。
『八方美人は、どうやっても無理だぁ~。』
つまり、誰からも好かれることとか、現実的に無理だぁ~って、やっとわかったのだ。
例えば、周りの人がどんな人を好むかを瞬時に察知する目を養い、超高速でキャラを切り替えながら演技をする能力があればできるかもしれないが・・。
そういった自分が無い人を嫌う人間もいる。こうなればもう、パラドックスの世界。『自分はうそつきだ』という命題を証明できないのと同じ。
―では、それを踏まえたからどうなのか?このノミの心臓が、一瞬にして批判・非難を恐れない強心臓に変わったのか?安心してほしい。んなわきゃない。
そのことを悟った瞬間から、『絶対、いずれ誰かにどこかで強めに嫌われる』という前提に立ち、『じゃぁどうしましょうかねぇ』というリスクヘッジに努めている。
要は、いずれ来る災害に備え、防波堤や避難所を造っているようなものだ。完成はしてないが、出来つつある感覚はある。(もう既に何発か喰らったけど耐えられた)
さてさて。僕はこのリスクヘッジをざっくり『精神面』と『交友面』に分けており、
それぞれでその準備を進めている。
そして同時に、『効果ネェナ』と思うモノは除外したり更新したりしてもいる。
それを繰り返し続けてから結構経つので、今の時点でもそれなりに実のあることが書けるのでは?という実感がある。
ってことで今日は、僕が今進めている、『嫌われても平気になる準備』についてまとめてみよう。
精神面の準備。
①過去の嫌われた経験を思い出し、ケリをつける。
僕もそうだが、大抵の人は『嫌われること』を過大解釈している。その時は咄嗟に感情的なリアクションをしたものの、振り返ればそうでもないことも多いのだ。
だから僕はまず、過去の嫌われた記憶にケリをつけることから始めた。具体的には、指折り数えて、『あれは嫌われたな~』という思い出をほじくるのだ。
日雇いバイトで見てても手伝ってもキレ散らかしてきたおっさんだったり、席替えで近くになったら嫌そうな顔をしてきた女子だったり。正直、気分は悪い。
そして指折り数えた思い出に対し、なるべくドライに分析を進めよう。僕はよく、以下の観点でさらに考える。
『で、僕はその〇〇に嫌われたワケですが、人生に支障、ありましたか?』
―断言するが、あったことがない。まるでその時は地球のメンバー全員敵みたいな絶望を覚えたが、ネガティブが過ぎる。
コツは、能天気にポジティブ思考へとシフトするのではなく、分析の結果、そこに着地すること。僕らはそういう無責任ポジティブが苦手なのだ。
まずはこうやって、過去の嫌われた記憶一つ一つにケリをつける。あまりにも辛い記憶はヘンに昇華しなくても良いが、大したことないヤツはロジックで終わらせよう。
そうすることで、ちょっとくらい嫌われても死にはしないと、身に染みてよくわかる。また、非難を経験したことがないことによる不安も、ある程度軽減できる。
金も掛からないし、オススメである。
②非難に対するリアクションを決めておく。
続いては、あらかじめ『嫌われたらどう対応しようかな?』という具体的な策に思いを巡らせよう。RPGで言えば、色んな魔法を習得しているような感じである。
手前味噌だが、僕は現状以下のように考えている。
①友達のLINEグループにネタとして投下。
②主観的な批判は無視。ただ、有益っぽいヤツは喜んでパクる。
③なるべく人の目に触れさせる場に持っていく。
④あまりにも激しいヤツは、法律に詳しい人に相談。
―これは僕だけではないと思うが、僕は自分が受けたダメージを人に伝えることで、相当それが軽減されるという感覚がある。だから、抱え込みは全力で避ける。
後は時たま、以下の記事を読んで、勇気づけられるようにしているし、最近読んだ『論破力』も、相当心強い知識を得られて、心が軽くなれた。
参考にされたし。
―尚、これらの方法を使って無事『ほろ苦い思い出』に出来たヤツは、①のステップに戻り、冷静にケリをつける作業も行うようにしている。
交友面の準備。
①無駄に敵を作らない方法を学ぶ。
―とはいえ、『さぁ嫌われよう!』と思って行動して、迷惑系Youtuberにでもなっては元も子もない。
僕はそこまで強心臓じゃない。多分心がぶっ壊れる。ある程度から先の傍若無人さは、天性のモノだと思う。
だから僕は、『万人が嫌う行為』は絶対にしないよう、マインドセットは強めに行っている。―とはいえ、これは超簡単だ。
例えば、『会話のオチを取らない』とか、『真剣な話のときにスマホをいじらない』とか、『待ち合わせに毎度毎度遅れていかない』とか、そのレベルだ。
とはいえ、無条件で他者に屈するかと言われれば、それもまた違う。
一応、基準は設けてある。『他者にカネを払ってまではとりなさないこと』と、『本音とまるで違うことはしないこと』だ。
例えば、他人に気に入られようと露骨に高価な腕時計をプレゼントしたりはしないし、『俺に好かれたければ毎日15時間働け』と言われても無視する。
親切と隷属は違う。気を付けておこう。正直、その全てはこの本に書いてあると思うので、ぜひどうぞ。↓
②色んなグループに片足を突っ込む。
ふとLINEのグループを見ると、僕は40以上のそれに属していると書いてあった。ぶっちゃけその全てが稼働しているワケでは無いが、10は少なくとも動いている。
打算的な思いというより、僕はかなりの飽き性なため、その時々でしたいことが気分でかなり変わってくる。だから色んなグループに入っているのだ。
そしてそれは、意外なところでプラスに作用した。例え非難の言葉を受けても、『この人たちという味方がいるから良いか』と思えるようになったのだ。
釣り仲間、中学の同窓会、幼馴染グループ、別の釣り仲間、大学の部活仲間、アウトドアの繋がり、仕事の連絡網、何なら僕主催の宅飲みグループ等々・・・。
正直、堅苦しい挨拶も要らないし、抜ける際に気を遣う必要もない。さっと入って、ハマればいいし、ハマらなければハイさよなら。そうやって仲間を探してはどうか。
あのへずまりゅう氏も、実はかなりのファンを抱えた大所帯なのだという。万人に好かれるのも無理だが、万人に嫌われるのもまた不可能っぽい。
捨てる神あれば拾う神あり。誰かに嫌われたとき、もっと深く自分を理解してくれる誰かが好いてくれる可能性が出来る。そんなことを意味するのかもしれない。
終わりに。
―ここまで書いてなんじゃい、という話だが、現状僕は周囲から嫌われ倒してもしたい何かは存在しない。
・・だが、熱狂すれば確実にそうなるだろうというアイデアはいくつか抱えている。最後の踏ん切りは、嫌われる勇気なのかもな。
もちろん、いつまでも準備に使うなんて馬鹿な話も無い。どっかでジャンプする必要は確実にあるだろうな。
最悪、職を失っても、友人宅をハシゴしまくれば2ヶ月くらい家無しでも生きられる気はしている。それくらいの信用は貯めた自負はあるぞ。
ってことで言いたいことはやはり、『嫌われないのは無理』だから、『嫌われても良い支度』はしておきましょうよ、という話でござんす。
では今日はこの辺で。