僕はネガティブだけど、それなりに充実した人生を生きたいと思う。

思いはするけど言いはしない、ネガティブと向き合い続ける胸の内を吐き出すブログ。

自分のチームのリーダーが「悪いナルシスト」なら、色々諦めた方がいいでしょうなー。

やはり寝る前に食べると睡眠の質などが良くなりそうなのは「焼き芋」だと思う中元です。

 

はい。今日は少し、諦めきった立場から記事を書いてみたいと思う。というのも、最近、直属の上司が、結構なナルシストのようだと悟り切ったのだ。


元々「ん?」と思う言動や場面はあったものの、元々の僕自身の理不尽耐性が人から言わせれば鋼のようなので、数年間気付かなかったのだが・・。

 

最近、ふと目にした「ナルシスト」に関する記事や体験談を読み込むうち、「あぁ、そういうことか」と確信に至ったというわけなのだ。

 

そして今、では何を感じているかというと、そう。諦めである。とっととこの支配から抜けないと、次年度辺りには僕に10円ハゲができること請け合いだ!

 

今日はこの観点から、僕なりの悟りを文章にしていきたいと思う。

 

 

ナルシストの根底と、それゆえに表面化する言動。

 

ナルシストと言えば、自撮り写真をSNSにアップしまくるテンプレなそれが頭に浮かぶが、深層心理を紐解いていくと、実はそう一元的に括れないことが見えてくる。

 

ナルシストの根底には何があるのか?色々調べてみたが、一番シンプルにまとまっていると思ったのはこの記事である。

daigoblog.jp

 

すごく微妙な線引きだが、ナルシストの定義は、自分のことが好きかどうかというより、自分が他者から注目されることに強い関心があるかどうか、らしい。

 

となれば、注目を集めることが最たる目標(つまり優先順位が高い事項)になるわけであり、そこには自己肯定の有無は別問題、というロジックになる。

 

例えば、「今回の仕事は俺がまとめたのだ!!!」と胸をそびやかせるのは、いわゆるテンプレなナルシスト注目を集めて、皆に褒められたいという意識の表れだ。

 

一方、「本当に最近、もうダメだ、死にたい・・」という風に、不幸を語ることで注目を集める人はどうだろうか。実はこっちも、定義的にはナルシストとなる。

 

そんなわけで、僕も最近知って目から鱗だったのだが、ナルシストには二種類あるというわけだ。ラベル分けすると、尊大と、脆弱てな感じ。

 

さっきの例で言えば、前者が尊大で、後者が脆弱だ。ただし、見てわかる通り、いずれにしても絡まれたら面倒な存在ではある・・・・。

 

ただ、どんな性格も使い方次第なので、ナルシストも良い方に作用すれば、努力を継続するための強いモチベーションになると言われている。

 

つまり、いいサイコパスが居るのと同様で、ナルシストという性格を生かし、弱点に当たる部分を埋めるよう意識して努力できれば、エグい能力を得られるのだ。

 

見城徹氏も著書で言っていたが、【強い自己嫌悪と強い自己顕示欲を兼ね備えている人間こそ信頼できる】というのは、このことを端的に言い表したフレーズだと思える。

 

―ところで、これは、いいナルシストの話である。となればその逆、悪いナルシストも存在するということだ。そして問題になるのはこちらである。

 

もし悪いナルシストに該当していたら、一体どういう言動が目立つのか?僕個人の体験談、友人の愚痴、ネットの罵詈雑言などから拾って、具体的にまとめるとこうなる↓

 

① 部下の裁量を非常に限定的なものにするが、作業は大量に振る。

② 面前で怒られると、異常に反抗する。

③ 誰が悪いのかという責任を、自分以外の人間に対しては超明確にする。

④ 決断は早いが、それしかしない。

⑤ 雑事の一切をしようとしない。

⑥ 手柄は最終的に長である自分に帰すると本気で思っている。(失敗は当事者)

⑦ 自分の成功談・やり方以外認めない。

⑧ 部下からの助力に嫌悪感を示す。

⑨ 注目を集めることは得意。

⑩ なんだかんだで有能と評されることも多い。

 

並べてみると、胃袋の底から熱いものがこみあげてくる。人はそれを【老害】とか【自己中】と呼んだりするが、本質としては同じものだ。

 

ちなみに、こういう特性を持つかどうかを逐一チェックしなくても、ダウトかどうか大体わかる方法はある

 

それは、その人が他者から注意されたときのリアクションをみることだ。

 

悪いナルシスト気味の人は、注意に対し強く反抗するか、注意された原因を完全に他者にすり替えるといった行動を起こすことが極めて多い

 

僕自身も何度か、その人がやらかしたポカの片棒を担いでいるかのような連絡を、mlで流されたこともある。ある種、すごい思考回路だと思う。

 

Daigo氏いわく、「ナルシストは他者からどう見られるかに敏感であり、自分の評価をさげること、自分が恥だと思うことに弱い」という話の最たる例だろう。

 

尚、この辺をものすごく舌鋒鋭く指摘した本がある。それがこちらの本だ。

 

その一節が痛快すぎて大好きなので、丸っと引用する。

 

厳しいが的を射た批判を受けたとき、人は自分の良くない部分や残念な性格を抑制しようと自ら努力する。

 

批判を受け止め、消化することで自己イメージを高めるのだ。

 

だが自己愛がそんな態度を見せることはなく、そもそも彼らには批判を受け止める器がない。

 

いやぁ、手厳しい。手厳しいからこそ、僕の背筋は伸びるし、同時にオカシイのは僕じゃなさそうという安堵もできる。

 

カリスマ性の裏には強い自己愛やサイコパス性が潜んでいるかもしれない。カリスマ神話には、皆さまぜひ気を付けていただきたし。

 

人はナルシストに”なっていく”のか?

 

ここまで書いてくると気になるのが、この辺のナルシストっぷりは、持って生まれるタイプなのか、それとも環境によって形作られるのか、どっちなのかという答えだ。

 

当然精神に関することなので「ズバリこれ!」という答えは出ていないのだが、ある程度のところにまで絞り込めてはいるらしい。

h-navi.jp

 

ざっくりまとめれば、個性として自己愛が強めの状態で生まれ、かつそれを助長するような環境に長い間身を置いた結果がナルシスト言動、ということっぽい。

 

ちなみにここでいう環境とは、「親からの共感や賞賛の不足」といった悲しいものも含まれるので、一概に甘やかされた教育の結果などとは括れない面もある。

 

さて。環境が大きな要因になってしまうのなら、恐ろしいことに、僕もまたそちらのサイドへ突っ込んでしまう可能性を大いに秘めているということになる。

 

例えば、僕が何らかのプロジェクトで大成功をおさめ、小さな界隈で顔が売れたとしよう。当然嬉しい。だから舞い上がる。

 

すると、失敗が怖くなる。ちやほやされた結果、リスクを取ることがどうにも恐ろしくなる。結果、保守的な考えに凝り固まり、過去の栄光にすがることになる希ガス

 

そういった罠は、スターウォーズに出てくるサルラックのように、人生のあちこちで大口を広げて待ち構えているのだろう。

 

ヒットは地獄の始まりと言われるが、もしかしたら似たような感じで、成功はナルシストの始まりなのかもしれない。

 

どうすればいいのかの答えは調べても出てこないが、必ずそれはあると信じて、自分がダークサイドに堕ちないよう、厳しく、でも優しく、自分を律していこうと思う。

 

終わりに:なるべく遠くに出ていきたい僕。

 

この辺の心理的カニズムを詳しく知りたくて、気になっていたこの本をついに買った。

いわゆるナルシストとか、その上位互換である自己愛性パーソナリティ障害と向き合い続けた著者による、渾身の一冊という感じだ。

 

まだ50ページくらいしか読んでいないが・・・・。胸糞な実例と、あまりにも哀れな深層心理が既につかめていて、お値段以上の知識をもう得られている

 

自分が優位に立ちたいがため、皮肉を言う、けなす、弱ったときはフルボッコにする、その人が苦しむさまを楽しむ・・・。ヤバすぎるあれやこれや。

 

ただその言動の根幹にあるのは、幼少期に強い恥の感情を抱いたことと、それを克服する術を両親なり環境なりから学べなかったことらしい。

 

だからこそ、挑戦できないから努力もできない、それでも人より優位に立つため、謎の比較や、異常なまでに自信満々な行動を取る、という感じだった。

 

なんだろう、涙が出てくる。別に愛しくはならないが、こういった行動に該当する人が、心の底から可哀そうに思えてきた。人の内面は、マジわからんもんですなぁ。

 

ただ同時に、自分の中にも部分部分で、自己愛が少しおかしいところがあるのにも気づいて、部屋で一人、本気で嫌な汗をかいた。詳しくは言わないけど。

 

しかし、僕にはまだ見込みがあると思う。だってそれが、おかしいと思えたのだから。一方自己愛が強いと、世界の中心が自分じゃないことが異常らしい。怖ッ。

 

盆は休みが取れそうなので、そこで読み切って読書感想文を書きたいと思う。なんかこう、読みながら震えるという意味で、久しぶりにすごい本に出合った気分だ。

 

尚、最後の方には対策法まで書いてあるのだという!これはすごく楽しみだ。

 

―さて。皆様のチームのリーダーは、ナルシストだろうか?かつ、そのカリスマ性に、実力は伴っているだろうか?搾取されている部分はないだろうか?

 

基本、こういう人は行動を改めることはない。さっきも書いたが、指摘に対して、目上とか目下とか問わず、強い拒否感を示すのが彼ら彼女らなのだから。

 

ということで僕は会社に、前期のまとめのレポートの中で、「最遅で再来年度の独立」と、「配置転換」を談判したところだ。

 

もちろんその人が僕の上司であるおかげで、今の数値になっているのかもしれないが、もしかしたら蓋をされた結果、今の仕事ぶりになっているのかもしれない。

 

―という大義名分はあるが、つまり僕は距離を置きたい。それだけなのだ。要望、通ればいいな。

 

ということで、他人は変わらないので、自分が変えられるところに集中しましょう、という提案でした。では今日はこの辺で。

 

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