僕はネガティブだけど、それなりに充実した人生を生きたいと思う。

「ネガティブ」で片づけず、自分の観察を続けたい。

例えば下っ端が上司に勝てないのは、割と当たり前説。 ―頑張っても報われないのが前提の努力を見極めるべし。

今日はかなーり捻くれたことを書いてみようっと。

 

特に体育会出身の人に多いのだが、『必死に働いて上司に認めてもらおう!』とか、『頑張ることでバリバリ出世しよう!』と、鼻息が荒い新人がたまにいる。

 

単純に『スポーツ』という実力と目上の人重視の環境に居たからなのか、今までの人生でそういう教育を受けたからなのかはわからないが・・・。

 

僕は、このロジックに危機感しか覚えない。

 

このロジックを体現する人ももちろんだが、このロジックを良しとする環境も同様だ。特に責任感が強い人であれば、これが毒に作用する可能性は大。

 

今日は少しタイトル詐欺めいているが、この辺の話をつらつらと書いていこう。

 

 

あなたは『お手伝い』に終始してないですか?

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少し残酷な話から書いていく。

 

例え面接の場でどれだけ即戦力を期待されようと、新人の仕事は、驚くほど地味なものが多い。

 

やれトイレ掃除だとか、やれコピーを延々と取れだとか・・・。とにかく雑用が多い。まぁ、専門的なことをするにも知識・技術が無いので仕方ないという側面はある。

 

もちろん、こういうのをないがしろにする人に大きな仕事を振る気にはならないので、それ自体は実際の行動以上の価値があることは間違いない

 

問題は、これが度を越している場合だ。例えば、一日中トイレ掃除とか、雑用で数時間潰すとか、そんな感じ。

 

その上で、『必要な技術は見て学べ!』みたく、研修を怠っている様子なら、かなりアヤシイ

 

言い切ってしまうが、球拾いを延々と続けてもプロ野球選手になれないのと同じで、トイレ掃除ばかりしていても出世は出来ない。給料も上がらない

 

鼻息荒く入社したスタッフのやる気が挫かれるケースとして、一番多いのがコレだ。とにかく雑用に徹せど、日の目を見ないという悲しい話。

 

僕も実は今の仕事の3割くらいは、誰でもできる雑用である。入社して6年くらい経つが、この比率はここからなかなか下がってくれない。

 

念押しするが、疑問符を付けた方が良いのは、入社して1年くらい経っているのに、作業の6割以上が雑用といったケースだ。

 

つまり、この作業って直接はカネを生まないし、仕事のスキルも重ねられないよねというものは、あまりにも酷ければ環境を変えるという選択肢も入れた方が良さげかも。

 

その行動は何を生む?

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自己啓発書の類を読んでいると、『誰よりも必死に働いた結果、今の自分にたどり着けた』という経験がよく書かれている。

 

そして、上司も含めて、誰にも負けないくらい頑張ると思っていたという野心もまた、よく添えられているモノだ。

 

有名な例だと、サイバーエージェント社長『藤田晋』氏や、SHOWROOM社長の『前田裕二』氏ではなかろうか。

 

彼らは1日12~3時間は当たり前に働き、休日もゼロだったのだという。こういうのを聞くと、『俺も!』と燃える人は多い。

 

―しかし、大事だけどあまり知られていない、あることを書いておこう。

 

激烈に働いていた両者は、同時に無茶苦茶な結果を出していたということだ。

 

例えば藤田晋氏は自著の中で、営業成績は断トツの数値を出していたとあるし、前田裕二氏も前職で圧倒的な売り上げを出していたという。

 

ということで、猛烈な仕事時間全てを何に捧げていたかというと、もうお分かりだろう。

 

『結果』を出すこと、それに尽きる。

 

つまり、一日に何時間もコピー取りを頑張っていました!なんて話は、実はどこを探しても出てこないのである。

 

頑張って結果を出すのか、頑張ってお手伝いをするのか。言葉にすると全然違うが、ここを混同してるっぽい人は散見する。

 

―ちなみに、頑張ってお手伝いをすることに、一日の半分以上を使うとどうなるか?それはこの話を読むと、生々しく伝わると思います。

hitomishiriteki-jinseikun.hatenablog.com

 

『頑張っても』出世ができない、身も蓋もないカラクリ。

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下剋上で上司を超えて成り上がる。文句を言わせない成果を叩き出し、虐げてきた上司を見返す。

 

最近のドラマの影響を受けたとしても、そのほっとんどは幻想だと覚えておいた方が良い。現実は、そんなに甘いシステムになっていない。

 

僕も実はそうだというのは棚に上げるが、自分より低いところから人間が成長してくると、一番に思うのは『嫉妬』であるらしい。

 

例えば成功者としてカテゴライズされると、Twitterとかであることないことの誹謗中傷合戦が始まる。寄ってたかって足を引っ張られるのだ。

 

これは『会社』という閉じたコミュニティでも同じことだ。僕は二社しか経験していないが、部下の成功を素直に手柄にするケースはまだまだ少数派だ。

  

だからか知らないが、出世街道を駆け上がるのは、大体有能というより人事権を持つ人と仲が良いヤツである。

 

とてつもない数字を叩き出す人は、大体変わり者が多く、意外と組織になじんでいないことも多い。また、先の話の通り、『嫉妬』がそこには付きまとう

 

こうなれば後は怖いもので、例えば99人の売り上げを取ったことより、1人逃したことを責められ、結果昇進候補から何だかんだで外れるのだ。

 

2006年に起きた『ライブドアショック』の一連の流れとか、まさに『権力者が本気を出したらどうなるか』と、『嫉妬の怖さとめんどくささ』が色濃く表れている。

net.keizaikai.co.jp

 

結局、組織内では、『頑張って結果を出したせいで』上に上がれないことも大いにあり得るのである。

 

まとめ:人が言う素晴らしい努力を疑う。

 

・・・というクソみたいな価値観の僕なので、一回心をぶっ壊して立ち直ってからは、『人が言う素晴らしい努力』を無茶苦茶に疑っている

 

出世は素晴らしいというが、では、なんで?給料は別に上がらないし、中間管理職に留まれば、裁量が制限されるのも変わらないから、トクしねーじゃんか、と。

 

『最近の若者は覇気が無い』と言われて久しいが、あくせく頑張ってもトクしないなら、頑張らないのも一つの正義ですよね、と。

 

だから僕は最近、今のタスクから、直接的に利益を生まない仕事をできる限りカットするよう意識して動いている。

 

そしてどうにもそれが避けられない場合は、思考を無理やり建設的に変換して頑張るようにしている。

 

例えば、掃除はタスクとタスクの合間のリフレッシュ時間だ!という風に。これ、割とオススメだ。

 

・・・では、結局僕は何が言いたいのか?

 

一言で言えば、『頑張っても報われないのが前提の努力を見極めるべし』という話だ。

 

人生は浪費するにはあまりにも短い。もう30年近くも生きたかと、ゾッとすることさえあるくらいだ。

 

もし同じ性格・気質の方が居られるなら、一度自省してみてはいかがだろうか。

 

では今日はこの辺で。

 

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